《50》

 

ブラックはオフィスチェアを蹴って立ち上がり、屋上へ駆け出そうとした。が、腕を掴まれ引き戻される。
制止したのはブルーだった。

「……落ち着きなさい」

行かせてくれ、とブラックは目で訴える。

「私達にはここでやることがあるでしょう」

ブラックはブルーの手を振り解こうともがく。

「二人を信じなさい。……仲間なのだから」

言って、ブルーはブラックを見据えた。彼の大きくて綺麗な形の目もまた微かに動揺していたが、それを吹き飛ばすほどの真摯な視線に射抜かれ、ブラックは抵抗をやめ巨大スクリーンを前に座り直した。
スクリーンには屋上の監視カメラからの映像――ヒーロースーツに変身し、隕石に立ち向かおうとしている二人――が映し出されている。

ブラックは、いや、司令室にいる全員がその様子を祈るような気持ちで見つめた。

 

 

光が、二人の視界を一瞬真っ白にした。
変身スーツに内蔵された特殊ゴーグルがなければ眼球は使い物にならなくなっていただろう。

視力がようやく回復したグリーンは、大丈夫かと背後のイエローを振り返り、息を呑んだ。

イエローは、燃え盛る隕石を両腕で受け止めていた。

いや、正確には、イエローに接触する僅か手前で隕石は落下をやめている。
だが隕石の勢いは止まらず、余剰エネルギーがこの大きな質量を持つ塊を同じ位置で高速回転させていた。

炎に包まれたイエローの手が隕石の表面を回転と逆方向に何度も撫ぜる。と、回転の勢いは徐々に弱まってゆく。
まるで魔法か奇術でも見ているようだ、とグリーンは目を見張りながら思った。が、隕石がおとなしくなるにつれイエローの体にのしかかる重量は増すのだろう。グリーンの背にも次第に負荷がかかり、彼は視線を正面に戻し、地面を踏みしめてイエローを支えることだけに集中した。

腕や肩をはじめとした全身の骨が軋むのを、イエローは感じていた。
隕石の直径は約15メートルだったか。戦場で『最強の破壊者』とか『怪物』などと称された自分だが、ここまで莫大な質量を抱えきれるわけがない。むしろ後ろで支えてくれているグリーンが真っ先に潰れてしまうだろう。

かといって隕石を地面に下ろすことも出来ない。
先端技術が搭載されているとはいえ、この基地は急遽建設されたと聞いた。この重量に耐えることは出来ずに建物全体がひしゃげてしまうだろう。

取れる手段は一つ。
この腕の中で、隕石をバラバラに分解し周辺の森へ飛散させる。

イエローは自分の腕に支えられながら緩やかに回転する金属と非金属の集合体の表面を右の手のひらで探るように撫ぜた。同時に、持ちうる限りの動体視力を総動員して隕石を観察する。

全ての物体には、その形状を維持するための『要』が存在する。その『要』を解し的確に刺激を与えることによって物体を崩壊させる。これがイエローの一族が古来から継承し、また彼が天性のものとして理解している『破壊の技』の仕組みだ。

イエローの眼と手が止まる。
この大きな塊を構築する『要』を見つけ出したのだ。その頃には隕石の回転は更に弱まり、吹き上がった炎が屋上に設置された監視レーダー「ケルビム」全7台を壊しつくしていた。

「グリーン、背中、借りるわ」

イエローは呟き、右の腕をゆっくりと下ろした。途端、グリーンの背にかかる重量は急増し、彼は歯を食いしばり必死で持ちこたえた。

自由になった右の手で手刀をつくると、イエローは右腕を振りかぶり、勢いよく隕石に突き刺した。

バキン、と意外に高い音がし、肩口まで突き刺さった彼の腕により、隕石は回転を止めた。
突きから生まれた風圧によりイエローの周辺の炎が一瞬吹き散らされた、が、炎はすぐに復活し二人に襲い掛かる。

腕は『要』まであと指一関節分ほどというところで届いていない。
イエローは穿った右手の指を隕石の内部で懸命に動かし、物質の裂け目を広げてゆく。
その物質は過去に必死で殴りつけた洞窟の壁面の比ではないほどに硬く、更に内部までもが灼熱の温度を有しており、耐熱性に優れた変身スーツを着用しているというのに指先からじわりじわりと焦げてゆくような感覚を彼は感じた。

汗が目に入る。
指の骨が砕けそうだった。
グリーンが背を支えてくれていなかったら、自分はとっくに潰れていただろう、とイエローは思う。
ミシ、ミシ、と堅固な物質が軋む音が微かだが聴こえ、彼はこの挑戦に勝ち目がないわけではないことを確信した。

―――あと、少し、

熱い空気を深く吸い込み、左の腕を隕石から離す。グリーンが小さく呻くのが聴こえ、イエローは心の中だけで「ごめんね」と呟いた。
左の手で拳をつくり、隕石の表面に突き刺さった右腕のすぐ真下を打つ。

ガァ……ン

衝撃が右腕に伝わり、中指の32ミリ先にある中枢…隕石の『要』に到達する。と、衝撃エネルギーは巨大な塊の中を駆け巡り、

ギッ…… パキ、パキ、……ミシミシミシッ

硬い物質のあちこちが歪み、剥離し、小刻みに振動を始める。

軋む音は次第に、ヂ…ヂヂッ、という蝉が末期に上げる悲鳴に似た音に変わり、そして悲鳴と振動は徐々に増幅し―――

っパァアアン!!

瞬間、直径約15メートルの隕石は粉々に砕けた。

砂粒より細かく解体された隕石は分解の衝撃により生まれた空気圧に乗って屋上から周囲の樹海の上まで飛散し、空気中を漂った。
金属を含んだ物質はキラリキラリと太陽光を反射し、ゆっくりと重力に従い舞い落ちる。

「うははっ……」

「よ、かっ…た……」

光の粒が降り注ぐ中、イエローとグリーンは屋上の床に背中合わせのままへたり込み、ただひたすら脱力した。

 

    

もどる