《51》

 

防衛省マル特部隊青木ヶ原基地は高さ60メートルの地上部と深さ180メートルの地下層によって構成されている。
地上部は格納庫と司令室と休憩の為の個室数部屋があり、地下層には研究室と看護室、そして飛空艇型レーザー砲『グングニル』格納庫と発射場がつくられており、180メートルの深さの殆どは『グングニル』発射の為のカタパルト装置が占めている。

全長450メートルの地上へ真っ直ぐ伸びるカタパルトのレールの上、発射準備の完了した『グングニル』の一人分しかない操縦席の中で,宇宙服と同様の機能を持った防護服を着込んだレッドは無線を通して司令室と最終確認の通信をしていた。

『モニター画面中央の十字線の中心と、モニターに映された隕石の中心が重なったら、右手にある赤のボタンを押すんですよ。いいですね?』

「わかった」

スピーカーの向こうから聞こえる元同級生・現在同僚の声にレッドは頷きつつも違和感を覚えていた。

『くれぐれも、隕石の影がモニター上の緑の円と同じ大きさになった時、ですよ。それより大きくても小さくてもアウトです』

「わかった。……ブルー、」

『なんですか?』

「なにかあったのか?」

唐突だが、それでいて質問は的確だった。スピーカーの向こうから微かに聞こえるブルーの呼吸音がいくらか早くなる。
15分程前から通信の後ろに聞こえる司令室の音が、心なしか慌しいようにレッドは感じていた。

『……ありました。けど、レッドが心配する必要はありません』

しばらくの間の後の返答が動揺を必死に押し隠そうとしているようで、

「そうか。わかった」

これ以上の追及はやめようとレッドは判じた。

2人の言葉が途切れたのも束の間、今度はマル特部隊司令官ドラリンの緊迫した声がコックピット内に響いた。

『時間だ。『グングニル』を10秒後に発射する。睦実、カウントを頼む』

『9…8…7…』

最高責任者の号令の後に、睦実の張り詰めた声音のカウントダウンが始まった。

『最終確認完了。システムオールグリーン』

ブラックのボソボソとした報告も混ざる。その声もまた普段の無感情な彼とは異なり、焦るかのように早口になっていた。

レッドは口の中が乾くのを感じた。
彼にとってはあまりに経験のないことなので自覚はなかったが、それは緊張感からくるものだった。

『3…2…1』

『Fire!』

司令官の合図と同時に、レッドは座席に強く押し付けられた。
『グングニル』は第一エンジンが燃やした熱い気体を噴出し、勢いよくレールを滑り地上へ駆け出した。

 

 

ゴウゴウと唸りを上げるエンジン音と、重力に逆らい振動する機体の中、レッドは両手を固く組み、モニターをひたすら睨んでいた。
操縦席、といえどオートパイロットシステムを搭載しているので、コックピット内には対隕石レーダーの情報を映すメインモニターと、高密度レーザー砲の発射ボタンと緊急脱出レバー、そしてレッドの希望によって取り付けられた外部の様子を映すサブモニターがあるのみだった。

そのサブモニターの画面が、一瞬真っ白に輝き、そしてまた元のやけに黄色な空に戻る。
キラキラ光る霧か煙幕の中にでも一瞬突っ込んだのか、とレッドは思ったが、それ以上は深く考えずメインモニターに目を転じて眼前に迫りつつある巨大隕石を再び見張り始めた。

 

 

「無事、飛んだみたいだな」

「うん。……良かった」

屋上のイエローとグリーンは変身を解除した後も背中合わせのまま座り込み、しばらく呆然としていた。
その眼前を小型飛行機に似た『グングニル』が横切り、二人は熱風に煽られながらも安堵の表情を浮かべた。

「あのさ」

イエローが呟くように語りかけ、グリーンは うん?と背後を振り返った。
途端、支えを失ったイエローの上半身はドサ、とコンクリートの床に落ちる。

「あっ、ごめん!」

「ん〜? だいじょーぶ、だいじょーぶ」

イエローは慌てるグリーンにヘラ、と笑いかけてから、考え込むように笑みを消した。

「なーんにも、考えなかったよー」

「え?」

グリーンはイエローの傍に座りなおし、彼の顔を覗き込んだ。
イエローの表情からは何を考えているかは読み取れない。ただ、隕石の破片の反射光が彼の瞳の中にも映りこみキラキラと光っていた。

「いままで殺したヒトたちのこととかさ、ごめんね、とか思いながら隕石壊すのかなー。そしたら少しは罪償えるかなー思ってたけど、いざとなったら何にも考えらんねーの。もー、死なないようにもがくので精一杯」

ダメだな俺、とイエローは自嘲めいた笑みを浮かべた。

「ダメじゃないよ」

グリーンの声は震えていた。
彼は右の手でイエローの右手を握り締める。

「イエローは生きててくれた。僕もイエローのお陰で生き延びられた。基地も無事で、レーザー艇も発射できたよ。全然、ダメじゃない」

ゆっくりと子どもに諭すように話すグリーンの目から、雫がぽたりぽたりと滴ってイエローの右腕に落ちる。
イエローは何も言わずにそれをぼんやりと眺める。
目を上空へ転じると、相変わらず黄色い空の中を銀色の機体が上へ上へと上ってゆくのが見えた。

「……これでみんな、助かるかな」

「助かるよ…っ」

グリーンは努めて優しく言おうとしたが、声は震えるし涙は止まらなくて。すがりつくようにイエローの右手を握る手に、いっそう力を込めた。
だが、イエローに彼の必死の励ましは伝わっていなかった。右腕の、指先から肩にかけての感覚がまるで無くなっていたのだ。

「グリーン、俺の代わりに見てて」

瞼がひどく重たくて開けていられない。イエローはグリーンが返事をする前に目を閉じてしまった。

「イエロー?」

「レッドが地球、救うの……見てて」

異変に気付きグリーンが覗き込んだ彼の顔には、普段の明るく快活な表情の欠片も残っていなかった。健康的に日焼けしていた筈の肌は血の気が失せ、いつも口角を上げて笑んでいた唇は微かにしか動かず言葉を紡ぎきれていない。

「ちょっと、ねるわぁ…… つかれ、た……」

「イエロー?! だめだよ! 起きて! イエローっ!!!」

グリーンの必死の呼びかけは悲痛な叫びに変わり。
それでも、彼の声はイエローの耳には届かなかった。

 

    

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