《52》

 

『本命のでかいヤツ以外にもいくつか小さい隕石があるんだが、それはどうするんだ?』

「それらは無視してくれ。大半は大気圏内で燃え尽きるだろうし、……悔しいが巨大隕石ひとつ壊せる分のエネルギーしか用意できなかったんだ。」

『わかった』

無線でレッドと会話をする指揮官ドラリンの緊迫した声を聴きつつ、ブラックは不安に波打つ心を静められないでいた。

グリーンとイエローはどうしているだろうか。
屋上の監視レーダーが壊れてしまったので、彼らの状況が全くわからない。
基地に損傷はないし、『グングニル』が無事に発射できたのだから、隕石は何らかの手を使って処理できたのだろう。

でも二人は?
怪我をしてはいないのか? もしくは最悪の場合……

「ブラック」

隣に座るブルーの声が暗闇の方へと落ちかけた思考を掬い上げ、ブラックは我に帰りハッと顔を上げた。

「思考、だだ漏れですよ」

馬鹿にしている口調ではあったけれども、彼もまた暗くなる想像を頭の中から振り払い目の前の作業に集中しようとしているのがその沈痛な表情から読み取れて。
ブラックはコクリと一つ頷くと、歯を食いしばりキーボードを叩くブルーに、そっと微笑みかける。
そして、パソコンディスプレイに目を戻し自動操縦システムの監視を再開した、時だった。

『のわっ!!』

レッドの叫びがスピーカーから大音量で聞こえ、それとほぼ同時にブラックの操るパソコンのディスプレイが危機的状況を知らせて赤色に点滅する。

「緊急事態発生、本体一部と第3エンジンに損傷」

ブラックは即座にアクシデントの内容を普段よりも極力大きな声で司令官へ告げた。

 

 

突然のぐらりとした揺れに、レッドは焦った声を上げてしまった。
座席脇のシートベルトホルダーにしたたかにぶつけたのか、側頭部が痛んだ。

「いたた…… どうしたんだ?」

無線用のインカムマイクに向かって呼びかけると、先までとは違い、すぐに返答は帰ってこず、ノイズ音が断続的に聞こえてきた。

幼い頃から秘境を旅し修羅場をくぐり抜けてきた彼は、命の危機すらはらんだ異変が起こったということを察知する。
レッドは即座に自分に出来ることを考えはじめ、今は仲間からの通信を待つしかないと判じると体力の温存を図り操縦席に座ったまま、再びメインモニターを睨みつける。

機体の揺れはおさまらない。レッドは中国から日本へ帰国した際の、嵐に荒れ狂う日本海を泳いだときのことをチラと思い出した。

『――… 大 丈夫 か?』

しばらくしてようやく届いたドラリンの声は、ひどく焦っていた。

「平気だ。何があった? オレは何をするべきだ?」

レッドのひどく落ち着いた反応に、通信の向こうの司令官はひどく驚いたようで、再び応答に間が空く。

『……大気圏で燃焼し た隕石の 残骸が機体に――…ぶつか った。――…損傷した のは第 3エンジンと本体左翼。エンジンはすでに――…分離した が翼の方は無理 だ。――…揺れるが堪えてくれ』

「わかった。まだ、デカイ隕石こわすこと考えてていいんだな?」

また、長い間。

『――……ああ。頼む』

通信状況の悪い中で聴く彼女の声は、わざとらしいまでに冷静だったが、レッドにはそれについて考えている暇はなかった。
右手をレーザー砲のボタンのすぐ横に置き、モニターを見つめる。

ブルーが再三教えてくれたタイミング……モニター上に表示された緑の円と、巨大隕石の輪郭が重なるまで、もうあと少し。重なったら、モニター上の十字線で照準を合わせ、撃つ。そうすれば、みんなの命が、助かる……

大きな揺れが続く中、レッドはモニターに目線を固定したまま、ただそれだけを反芻する。
そこへ一段と激しい揺れが起こり、レッドは咄嗟に顎を引いて首の骨が折れるのを回避した。

 

 

「隕石の破片に再び接触しました!」

「メインエンジン損傷。発火。本体への延焼を確認」

睦実とブラックの報告に、司令官は唇を噛む。
『グングニル』は、その任を全うする前に、いますぐにでも墜落するかもしれない状態になってしまった。

「今なら、間に合いますか?」

ブルーが今にも噛み付きそうな形相で訊く、その質問の意味も彼女にはわかっていて。ドラリンは無言で頷くしかなかった。

責任者の承諾を得るやいなや、ブルーは自分のマイクの通信回線をオンにする。

「レッド、無事ですか?!」

『――…おー、生きてるぞ』

ノイズ混じりではあるが元気そうな仲間の声に、ブルーは僅かに安堵した。
だが安心している暇はない。スピーカーからは装甲が軋む音が生々しく聴こえてくる。

「緊急脱出レバーはわかりますよね? 思いっきり引いて下さい。この船はもう駄目です」

『――…へっ?』

一瞬の沈黙。そのほんの短い時間がブルーの心を焦らせる。

「はやく!」

『――いや、もう少しやってみる』

「……え?」

レッドの返答を、己の耳を疑ったのはブルーだけではなかった。
中央司令室にいる全員が目を見開き、スピーカーの向こうに全神経を集中させている。

『あと、もうちょっとで射程範囲だ。隕石打ち落としてからでも脱出できるだろ』

「馬鹿なこと言わないで下さい!! いつ墜落してもおかしくないんですよ?!」

『――……』

「はやく!!」

ブルーは焦るあまりに、いつのまにか両手を固く握りデスクを叩いていた。痛みを感じる余裕もなく、急かすようにダン、ダン、と打ち付ける。

『――……庵』

ブルーはいつの間にか伏せていた顔をハッと上げた。
久しく呼んでいなかった本名で自分を呼ぶ親友の声は、先程にも増して真剣そのものだっだ。まるで、何かを覚悟しているかのように。

「はやく、しなさい……」

ブルーはなんとか声を絞り出し、脱出を促す、が、

『――庵、みんな、』

レッドはその命令を無視して語りかける。

聴きたくない、とブルーは思った。
絶対に、聴きたくない。聴いてはいけない。―――――――――

『――…じゃあ、な』

言い終わるか早いか、通信は切られた。
ノイズすら聴こえなくなり、中央司令室はいやに静まり返った。

「………ぜっ……」

ブルーの固く握りしめた拳の上に水滴が落ちる。

「善太のバカヤロウ――――!!!」

元同級生・現在の仲間を罵る叫びは、静寂を切り裂きひたすらに悲しく響いた。

 

    

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