《53》
「なんか今、バカって言われた気がする……」
激しく揺れる操縦席の中、レッドはひとりごちた。
そして目線をモニターに戻す。
射程距離を示す緑の円と隕石の輪郭が、ようやく重なった。
機内は既に汗も出なくなるほど暑く、あちこちの機材や壁面が悲鳴を上げている。
いち早く脱出した方が良かったことくらいはレッドにもわかっていた。
それでも、やり遂げたかった。
舟を降りれば自分の死は免れる。でも、人類の死は、免れない。
人類を救って、ヒーローになる、などとは思っていない。
ただ、生きていてほしい人間が両手じゃ納まらないほどに沢山いるのだ。
あまりにも単純な動機かもしれない。
だがその単純な動機は強い信念となり、レッドを突き動かす。
ガクガクと揺れる視界の中、モニター上の十字の照準ガイドと隕石の中心が一瞬だけ重なった。
その瞬間を見逃さず、レッドは発射ボタンを素早く押した。
ありったけの、『皆を死なせたくない』という思いを込めて。
『グングニル』はエンジンの破損による出火と、対峙した隕石の放射熱によって火だるまになっていた。
あちこちの装甲が剥がれ落ち、空中分解し始めている、が、中心のレーザー照射装置だけはかろうじて無傷のままで残っていた。
レーザー砲内部の電子回路に発射命令が伝達されるとすぐに残存エネルギーの全てが照射装置に取り込まれ、0.003秒の加速処理の後、発射されたレーザーは巨大隕石の中心をまっすぐに射抜いた。
推定直径501.7万キロメートルの巨大な塊はレーザー状の高密度エネルギーを照射され、内部分裂を起こして崩壊した。
「ターゲット完全に崩壊。大気圏内にて燃焼……消滅を確認しました」
「『グングニル』は全システムの78%を破損。本体損傷部位はメインエンジン、装甲、両翼、コクピット……レーザー照射装置以外の全箇所」
睦実とブラックの報告が、ブルーにはひどく無感情なものに聴こえた。
でも、そうではない。
彼らも泣き叫びたいのを必死に堪えているだけなのだ。
己にそう強く言い聞かせ、ブルーは震える唇をようやく開いた。
「……『グングニル』とのシステムネットワーク及び無線通信は遮断されました。緊急信号を送っていますが応答はありません」
3人の報告を、司令官は静かに受け入れた。
沈黙し彼らを見回す彼女の顔からは何も読み取れない。いや、読み取られないように努めていた。
「……了解。睦実は私と共に任務を続行。事後処理を行う。あとの二人は解散してくれ。協力、ありがとう」
彼女の最後の指示を聴くやいなや、ブラックは勢いよく立ち上がり駆け出した。屋上へ、向かうために。
その後姿を呆然と見送るブルーの肩を、そっと叩いたのは睦実。
「あとはオレたちがやりますから。行ってください」
振り向き、睦実の顔を見返したブルーの瞳は悲哀と混乱と絶望がごちゃ混ぜになって揺れている。
睦実は親友に優しく微笑みかけると、ひどく強張ってしまった彼の背を力強く押した。
「イエロー、見える? 空が、青に戻ったよ。ううん、紫かな。流れ星がたくさん、落ちてくるよ」
目を閉じ沈黙する仲間を抱きかかえ、グリーンは一人屋上に座り込んで空を見上げていた。
黄色の空は、一度白く明るく光って普段の青色に戻り、今は黄昏時の藍紫が広がっている。その薄明るい空には光の雨が降り注いでいた。
小さな破片となった無数の隕石の残骸は空気との摩擦により大気圏内で燃焼して、ひとつ残らず燃え尽きた。
その様が、地表にいる者全ての目にきらめく流星群として映っているのだ。
グリーンは輝く空から自分の膝の上の仲間へ目を転じ、話しかける。
「願い事、いくらでもかなうよ。僕は、レッドが無事に帰りますようにって願おうかな。……イエローは?」
返事は、無い。
空を見上げることで押しとどめていた涙が、グリーンの目から再び溢れ出そうになった。その時。
「グリーン」
息を切らせて、ブラックが屋上に現れた。
少し遅れてブルーも非常階段を駆け上がってやってくる。
「無事ですかっ?」
グリーンはすぐには答えられなかった。
右腕でイエローの肩をぎゅっと抱き、泣くのを堪える。
「願い事、してたよ。イエローが、目を開けるように……レッドが、帰って、くるように……っ」
だが、雫はボロボロとこぼれ落ちて止まらなかった。
「だ、大丈夫、だよね?……ふ、たり、とも、だいじょうぶだよね……っ?!」
泣きじゃくるグリーンを、ブラックが優しく抱きしめた。
「大丈夫、ですよ」
ブルーも彼らに駆け寄り、横たわるイエローの左手を握りしめた。
「レッドは……何度叩かれてもケロッとしてて、嫌になるほど頑丈で……」
上手く微笑むことができないまま、ブルーはグリーンに優しく語りかける。
「イエローだって……いつもふざけてて…不真面目で…… 憎まれっ子世にはばかるって、言うじゃ、ないですか」
だが、彼の声もまた、震えていた。
「大丈夫に、決まってますよ」
大丈夫、大丈夫、とブルーは何度も小さく繰り返した。
それは涙を流す仲間を慰めるというよりは自分に言い聞かせるような呟きだった。
ブラックの胸に顔を強く押しつけ、グリーンは声を殺して泣くのを抑えようとした。
それでも漏れてしまう仲間の涙に胸の辺りが暖かく湿るのをブラックは感じ、彼もまた唇をかみ締める。
誰のものかもわからない、嗚咽とも慟哭ともつかない、ただただ悲しげな音たちが、風と混ざり合い星の降る空に溶けては響き、響いては消えた。