彼らは天使を見たのか
なんとかグリーンは飴をなめながら廊下を歩いていた。
いつも大変ねぇ、と心の底から言いながら、医務室のおばちゃんが握らせてくれたのだ。
そして、薬品の類はなにも持っていなかった。
気付け薬?イエローくんのカレーを食べさせてみればいいじゃない、と飴をくれたおばちゃんが笑いながら言ったのだ。
―カレーねぇ…今日のは…どうかなぁ…―
致死レベルじゃないといいけど、とか祈っているうちに自室に辿り着き、
「?!ヒュゴッ!!?」
驚いた拍子に、飴が喉を通り食道へ落ちてしまった。
咳込みながら、グリーンは何が起こったのか一生懸命考えた。
人が4人、息も絶え絶えに倒れ伏していて、更には1人、縛られている人は動かなくて、縛られている人を肩に担いでいる人は元気そうでそれは良かったけど、問題は倒れている人たちを前にブラックが銃を抜き身で持っていることであって…
「ブラック、なんてことを!?」
一足跳びにブラックに詰め寄る。言葉をなくす(いつものことだが)ブラックの代わりに横に立っていたブルーがリアクションした。
「はァ?」
「あー、そういうことだったんですか」
ブルーと、口がきけるまでに体力が回復したホンゲダメンバーの説明をグリーンはすんなり受け入れた。
「電話口で銃声聞いて、慌てて走ってここまで来てしまったが、良く考えてみたら電車乗った方が明らかに速く着いたよな。」
いや失敗、失敗!と明るく笑うドラリンを恨みの目で見るホンゲダホワイト、グリーン、ピンク。
「貴女のようなバケモノとは違って、俺達は人間なんですよ?」
「死ぬかと思った…」
「5センチのヒールの靴で走る身にもなってみなさいよ」
「ごめんなさい、元はといえば僕らが原因です。」
頭を垂れるグリーンを軽くつつくブルー。その手には紅茶の入った紙コップ。
「悪いのはあろうことかこの私に向けて発砲したブラックですよ。紅茶をいれました。運ぶのを手伝って下さい。ブラック、壁の銃痕、きちんと直すんですよ。」
ブルーの言葉に、壁をパテ埋めしていたブラックは少し振り向き、何か言いたげな顔をしたが、何も言わずに再び作業に戻った。
ブルー以外には、彼の言いたいことがなんとなく伝わり、皆、彼に同情の意を寄せた。
「ところで、何のご用件で電話したんですか?」
紅茶を口にしながら問う なんとかグリーンの言葉に、ドラリンは当初の目的を思い出した。
「実はな、レッド…明仁の愛犬が失踪してしまったのだよ。」
「それで、私達に犬探しを手伝って欲しい、と。」
「ザッツライト!」
ブルーの言葉になぜか英語で答えるドラリン。
「だから、元気がないんですね…」
なんとかグリーンは、縄を解かれ、ソファに座りうなだれるホンゲダレッドの横に腰をおろす。
「僕らも一緒に探しますから。チョコちゃん、きっと見つかりますよ。」
グリーンの優しい言葉に、レッドの目から大量の涙が溢れた。今まで、ずっと堪えていたのだろう。彼は、グリーンの小さな体にすがりついて泣いた。
「畜生…」
「羨ましい…」
その光景を、ピンクとドラリンは嫉妬の目で見ていた。
「しかし、また犬絡みですか。」
「また、とは?」
関わりたくない、とばかりにため息をつくブルーに、ホワイトは問う。
「先刻、レッド…ウチの馬鹿が犬を連れ帰ってきまして。明らかにどこかの飼い犬だというのに、イエロー…カレー馬鹿が飼いたいとのたまい、その犬を連れて出ていってしまいました。
そして究極馬鹿もまた、それを追って飛び出しました。私は奴等が周囲に迷惑をかけるまえに奴等を抹…」
「待って下さい。その着いてきた犬は、どういう外見をしていましたか?」
「柴犬で、赤い胴輪をつけて…胴輪には飼い主バカを表すかの如く造花が付いていましたね。」
「それだ!」
ホワイト、ピンク、ドラリンが同時に叫び、ブルーは少し驚いた。
「え…?な、何ですか?」
その犬こそがレッドの愛犬、と言おうとした時、突然聞きなれた声の悲鳴があがった。
「イエロー?!」
ホンゲダイエローの断末魔が生じた場所、今いる部屋とドアが撤去され一続きになっている部屋にドラリン達は駆け込み、そして気絶する悲鳴の主を発見した。
そこは給湯室を改造したキッチンだった。コンロの上には先程の紅茶に使ったらしいヤカンと、もうひとつ。大きめの両手鍋が置かれており、蓋のあけられた鍋からは異臭が漂っていた。
「これを喰ったのか…」
ホンゲダイエローの近くに落ちていた、鍋の中身と同じものが付着した玉杓子を拾い上げドラリンは呟いた。
「これを食べるとは…ある意味感嘆に値しますね。」
ホワイトは鍋の中身をかき回す。
得体のしれないものが浮かんでは消える。
「これ…何?」
ホンゲダグリーンの質問に、ブルーは怒りと悲しみの混ざった表情で答えた。
「カレーです。」
「……嘘ぉ?!」
ホンゲダメンバー達は声を揃えて叫んだ。
「事実です。あのカレー馬鹿は毎日飽きもせずこのようなものを作り、私達に試食させようとするのです」
「いやでも、材料的にカレーじゃないだろこれは!」
「奴は食材開拓と称して有機物・無機物の境なくカレーにいれます。昨日はバッタを入れたものを食べさせられるところでした」
「ってことは…ヤバくないですか?」
「何がだ?」
表情を曇らせるホワイトにドラリンは問う。
「食材にされやしないかと。…チョコが。」
「な…」
「何だって?!!」
ドラリンの声よりも速く驚愕の声をあげたのは、幾分か立ち直ったレッド。
「そんなことさせてなるものか!!」
即刻部屋を出ようとした彼をピンクが抱きついて止めた。
「待って!どこにいったかわからないでしょ?!」
「離せ!こうしている間にも俺の可愛いチョコがぁっ!!」
必死の形相でピンクをふりほどこうとする彼の前にドラリンが立ちはだかった。
「いいものを出してやろう!」
ゴソゴソ、と腹のポケットを探り、
「嗅覚粒子探知機〜!」
鬼気迫るこの場面でよくもまあそんな物真似ができるものだ、とブルーとホワイトは同時に思った。
「その名の通り匂いで目標を追跡する優れ物!」
見た目がドラゴンレーダーに似ているあたりが胡散臭いが、彼女の出す機械は、国家予算をアホのように使っているだけはあって性能は良いことをホンゲダの面々は知っていた。
「でも、どうやって辿るんです?彼の匂いのサンプルなど持ってないでしょう」
ホワイトのもっともな質問にドラリンは胸を張って、
「カレーがあるじゃないか!」
「成程!」
ドラリンはカレー(?)を一滴、細長いカプセルの中に垂らし、それを装置の中に組み込む。電源を入れるなりすぐさま反応があった。
「行くぜ野郎ども、私に続けー!」
「ラジャー!」
数名を部屋にのこし、ドラリン率いる追跡部隊は出発した。