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『男2人で暮らしてるのって、そんなに隠したいこと? 恥ずかしいこと??』
そんなこと、ないと思う。
信頼し合って、そして隣に居られる人が存在するのは、とても素晴らしいことだから。
けれど。
でも。
変に勘繰る輩も、少なくはない。
だから、隠したいと思うことがあるのかも知れない。
いや、「かも知れない」、ではないのだ。自分は他人に勘繰られている自覚がある。
だからきっと、連賀もそうなのではなかろうか―― 睦実は、そう心の中で一人ごちた。
しかしながら、庵はそういった噂や視線など気にはしていない。
やましいことがないのだから堂々としていれば良いのだ、というのが彼の持論なのだ。
が、そういった態度は一部の人間に対しては逆効果となり、命取りになるのだということを睦実は知っていた。
「じゃあ、とりあえず夕飯の支度をしましょうか」
庵は一転して言い、キッチンへと向かう。
彼は睦実が唐突に現れたことで、今の今まで自分が、隠そうとしていた物を放置したままにしてしまった。
睦実はリビングのソファ近くに荷物を置こうとし、そして、数冊の雑誌に気づく。
親友が載っているであろうファッション誌だけではなく、三流週刊誌もあることに気付いた睦実の心臓は、勢いよく拍動しだした。
システムキッチンを見ると、庵は冷蔵庫を覗いているし、明美は庵を手伝って野菜を洗っており、こちらには気付いていない。
とある一冊の週刊誌を開くと、見開き一面に『トップモデルRIO、熱愛発覚!! 超人気アイドルと熱い夜を過ごす?!』と、デカデカと書かれていた。
それは、別にいい。
芸能人は注目されることがステータスだし、でっち上げだということも、知っている。
だが、一つだけ。
そこの記事のコメントのある一ヶ所を見、睦実は泣きたくなった。
『――とある男性と恋人関係にあるのではないか、との情報が行き来していたRIO。
その彼が今回の取材により、怒りを露にした。
「ひどい噂だ。自分には男色の気はなく、それこそ自分を陥れようという悪意が見える」
「これを幾に、ファンの皆さんが妙な噂に惑わされなくなるきっかけになればいい」
とコメントした。――』
このコメントは、庵が実際したものなのか、ということは、どうでもいい。
ただ、その中の一文を目にして、睦実の精神はひどく揺れたのだ。
『とある男性と恋人関係にあるのではないか、との情報が行き来していた』
やはり、そうなのか。
世間は、自分と庵の関係を知っていて、そのように噂していたのか。
「睦実…」
いつの間にかリビングに戻ってきた庵が、呆然と自分を見ている。
「…ヒドイ捏造記事でしょう? けれど、世間が私をどういう風に捉えているかが分かりますから、参考として…」
「本当、…よく分かりますよね」
自分の言葉を遮るかのように放たれた睦実の言葉に、庵は違和感を覚える。
自分が載っていた週刊誌には、いつものように根も葉もない噂が書きたてられている。
それはいつものことなのに。
なぜ睦実はこんなにも、今にも泣き出しそうな傷ついた幼子のような表情をしているのだろう。
いつも、いつでも、睦実は柔らかな表情で自分に対峙しているというのに、これはどうしたことだ。
「睦実…?」
「いえ、本当に…仕様もない人々がいるなぁ、と思って。まあ、それで彼らは食べていくわけですから、彼ら自身を否定をしたくはありませんけど」
いつもより饒舌な睦実に、庵はますます心配になって親友に近付く。
「睦実、どうしたんですか? なにか…」
問いかける庵の台詞を遮るように、インターホンが鳴った。
「…ごめんなさい」
会話を中断してしまうことへの謝罪の言葉を口にするなり、庵はインターホンの画面を覗き込む。
画面には、明美が自宅に来る原因を作った男。
苛立ちのままに受話器を取ると、庵は言葉を投げ掛けた。
「なにか用ですか? 社・長・さ・ん」
その言い方に、社長と呼ばれた男は微かに眉をひそめる。
「…明美…」
「来てますよ」
「…開けて」
「土下座」
「…?!」
「土下座したら、開けてあげま…」
「ちょっ…倉石、やめてやめて! フツーに開けてあげて!」
庵の、来客との遣り取りを明美に睦実が知らせたおかげで、連賀は特に問題もなく庵の部屋に辿り着いた。
庵は、そんな明美に「甘すぎる…」と苦虫を噛み潰したかのような表情をする。
それを見た睦実は、親友の態度と言葉に苦笑した。