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大通りから1本外れた場所にあるカフェ。その一番奥まったソファ席は観葉植物のお陰で人目をしのぎやすい。その場所で睦実はゆっくりと語った。
両性具有であったこと、女の性を選んだこと、そのために半年近く入院し手術や適応訓練を受ける必要があったこと……

語り終わり、睦実はすっかり冷めてしまったダージリンティで喉を潤す。その差し向かいで庵もようやく烏龍茶に口をつけた。

「2月12日」

「はい?」

「貴方の誕生日の翌日に、お台場でワンピース姿の貴方を見ました。邪魔が入って、話しかけられませんでしたけど。あの時は何らかの任務で女性の格好をしていると思っていたのですが……格好だけでなく、女性に、なっていたんですね」

「ええ。本当は今も、男物の服を着るべきではないんでしょうが、どうにもスカートは慣れないし喋り方も治せないしで、あと2ヶ月は女性の仕草の練習をするはずでしたがトレーナーに匙を投げられてしまって」

早めに出て来られちゃいました、と睦実は明るく笑う。
庵もそんな睦実に微笑み返し、

「本当に……会えて嬉しかったです」

「この後庵の家にお邪魔しても良いですか? 久しぶりに一緒に料理したいんです」

睦実の笑顔は普段の優しさにも増して快活さが混ざっている。親友に4ヶ月ぶりに会えたので気分が高揚しているのだ。口数も多い。
庵はそんな睦実に目を細め、しかしその笑みに寂しげな色を僅かにのせた。

「それは出来ません」

「え?」

「今日は、これで」

そして烏龍茶のカップを空にして財布から1000円札を一枚出してテーブルに置くと、おもむろに腰を上げた。

「庵? 待ってください。…なにか用事があるんですか?」

「いえ、ありません」

「だったら、どうして……」

不安そうに見上げる睦実の瞳から庵は視線を逸らし、口を開いた。

「睦実、貴方は年頃の女性なんです。男の一人住まいに簡単に入ってはいけません。それに私は有名モデルです。私と一緒にいるのを万が一記者達に見られたら、貴方も週刊誌に書きたてられてしまいますよ」

周囲に聞かれないように、その声は抑えられた低いものだったけれども、ひどく強い気勢を孕んでいた。

「それでは」

ジャケットを羽織って立ち去ろうとする庵の服の端を睦実は急いで掴んだ。
庵は立ち止まるが、振り返らない。
睦実は手帳を取り出し何言かを走り書くとそのページを引きちぎり、折りたたんで庵の上着のポケットに入れる。

「オレの新しい連絡先です。必ず、出ますから」

返事は、無い。
睦実がジャケットの裾を手放すと、庵は再び歩き始めた。一度も振り返ることの無いまま、彼は睦実の視界から消えた。

 

    

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