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「ほらほらぁ、足が外向いてるわよ!」

とある大学附属病院の個室では、世にも奇妙な光景が、広がっていた。

どうみてもゴツい兄ちゃんが、フリルを襟元にあしらったブラウスを着、ロングタイトスカートを履いている。
一方、髪を後ろで軽く結った女の子は、Tシャツとショートスパッツを身に付けていた。

そんなオカマの兄ちゃんが、女の子に何事かを指導しているのだ。

「ううっ…。ブラック、ちょっと休憩しましょうよ。オレ、疲れ…」

「『オレ』ぇ?! 『私』でしょ?! あと『ブラック』じゃない! 今は私は『ピンク』であり『先生』なのよ?!」

女の子の言葉に、オカマの兄ちゃん──元ピンク──現ブラック──だが今は急遽ピンクとなった──は、叱りつける。

「ひゃっ! わ、分かりました、ブ…ピ…先生! えと、先生、ワタシ、疲れましたわ…」

「言葉遣いが不自然!『疲れました』って言葉に、無理に『わ』をつけなくてよろしい!!」

「は、はいぃっ!」

そんな部下二人の様子を見ていたドラリンは、苦笑して口を挟んだ。

「まぁまぁピンク、そんな厳しくせんでも、少しずつ変わってけば良いんだから。四年間の習慣は一朝一夕では変わらんよ」

優しい上司の言葉に睦実は感激して、ドラリンに抱きつく。

「司令は睦実を甘やかしすぎ! 睦実も、甘ったれるな!!」

そんな睦実の襟首を掴んだ大治郎──もといピンクは、上司から生徒を引き剥がした。
「あぁ~…」という睦実の蚊の鳴くような悲壮感漂う悲鳴をピンクは、あえて無視する。

「睦実、次は、このスカートをはいてココの椅子に座ってごらんなさい」

「はーい…」

「『ハイ』は短く!」

「ハイィ!!」

その二人の遣り取りは、まさにスパルタ教師と生徒だった。
睦実は急いでフレアスカートをはくと、病室にある応接ソファに歩み寄る。

「ここに座れば良いんですか?」

「そうよ」

指導者の肯定に、睦実は安堵の溜め息を吐いた。
てっきり、休憩したいという意見が認められたと思ったからだ。
が、ソファに腰をおろした途端、ピンクの表情が厳しいを通り越して、般若となった。

「くぉらあぁ!! なに足広げて座っとるんじゃ睦実イィ!!」

「ィキャー!! ごめんなさいいぃ!!!」

怒鳴るオカマ、半泣きの乙女。

その構図は、さながらシンデレラ。
いや姑の嫁イビりか――サリバン先生とヘレン・ケラーか。
はたまた、花嫁修行の光景か。

「立ちなさい睦実!」

「はいっ!」

「部屋を一周、歩いて!」

「はいっ!!」

言われた通りに室内を一周した睦実に、ピンクはニッコリと笑い、告げる。

「よろしい、今日はここまで。明日からは、初級から中級に、移りますからね」

「え゛…」

「返事は?!」

「ハイィ!!」

睦実は姿勢を正し、はっきりとした返事を有無を言わさず返させられたのだった。

 

 

 

一段落ついて窓の外を見ると、もう空は濃紺のヴェールで覆われている。

ピンクが退室し、個室には睦実とドラリンのみになった。

「大治郎、厳しいっちぅか、さすが、って感じだなぁ…」

ドラリンの半ば呆れたような物言いに、睦実は微かに笑ってから、視線を外から上司に向ける。

「睦実…後悔、してないか?」

ドラリンに不意に問われ、睦実は目を見開いて何度か瞬きをする。

「その、さ。半日にも渡る大手術を受けて。傷が痛くて、眠れない日もあったし。今は厳しい訓練させられてるし。…後悔、して、いないか?」

尋ねてくるドラリンの瞳は、色々な感情がない交ぜになっていた。
気遣い、不安、悲しみ。
そんな最高権力者に、睦実は心の底から喜び、笑いかける。

「ありがとうございます、司令官。その言葉だけで、十分です」

「そうか…。…ああ、そうだ! 睦実、二十歳の誕生日、おめでとう」

 

    

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