【やさしい休日は陽だまりに似て】

「ふあー! おーいしぃぃー!!」

苺クリームパフェを一口。右近はご満悦の表情で叫ぶ。

「本当に、美味しいですねぇ」

向かいの席で苺のソルベを食べる睦実も笑顔だ。しかし笑いつつも僅かなぎこちなさは取れない。
なぜならば、今の睦実はマゼンタレッドのキャミソールに上品なフリルのついたオフホワイトのワンピースとその上にシルバーグレーのカーディガン、というあからさまに女物の服を着ている。(最後の抵抗としてワンピースの下にスリムジーンズを履いているが)
女性になるための訓練に全く順応できず、最後には『女らしいとか男らしいとか、そんなのおかしいんじゃないんですか?!』と逆ギレして教官に匙を投げられ、女性の身となった今でも以前までの男物の服を変わらず着ていた睦実が何故、そんな格好をしてるかと言えば。

「このフルーツパーラー、やっぱ男だけだと入りにくくてさ〜。むっちゃん、ありがっとぉ〜!」

「…そうなんですか」

遊ぶ前に服を買いたいと言った右近に付き合って百貨店のファッションフロアへ行き、レディスカジュアル店に何故立ち寄るんだと思っていた睦実の前に右近は店員を引っ張ってきて「この子に合う服選んで下さい☆ お代は俺が払うんで」と勝手に店員に言うなり睦実をほっぽり出して右近はメンズファッションの店へ猛スピードで消えてしまったから、なのだが。

そして「プレゼントですか?優しい彼氏さんですねー」とか言いながら次々と服をコーディネイトしてくる店員のされるがままに着せられてしまった、わけなのだが。
そして新しい服に着替えて睦実の前に戻ってきた右近が睦実を見るなり開口一番「すっごいにあう!」と目を輝かせて褒めてくれたので「もう脱ぎたい」と言にくくなってしまった、わけなのだが。

「明美がこの店美味しいって前から言っててさ、入りたかったんだ〜!」

「明美さんはよく来られているんですか?」

「うん。ちょっと前からアイツ吹っ切れたみたいでさー。女の子のカッコして甘味食べ歩いたりとかしてるっぽいんだわ。甘いモン大好きだからさー」

「明美さんが……」

恥ずかしがり屋で、あれだけ女装姿を見られるのを嫌がっていた彼がよくも変わったものだ、と睦実は驚き。
女装をしてまで甘いものを食べに行きたいのか、とまた驚き。
しかし彼の女装ならば全く違和感がない、どころか微笑ましく思えてしまうのだから不思議だ。

その『吹っ切れた』要因となったのは、昨年の秋に彼がパートナーの連賀とした大喧嘩では、と睦実は思い当たった。
男だろうと女だろうと気に病んだり人の目を気にする必要はない、と明美は悟ったのだろう。

男同士、親友同士でありながら人生を共にする覚悟のついた明美と連賀を、睦実は羨ましく思った。
自分は庵と一緒に居たくて女にまでなったというのにこの有様だ。

明美と連賀と、自分たちとでは何が違うのだろうか?
何が、いけなかったのだろうか?

「しっかし、さっきのゲーセンさー、むっちゃんてすごいゲーム下手なのな。特にアクション系!」

「だって……ああいう場所に行ったこと自体初めてだったんですよ?」

からかう右近の言葉に、睦実は暗く堕ちて行った思考を引き戻された。
すねたようにスプーンをいじり返答するが、心の中では気を紛らわせてくれた右近への感謝でいっぱいだった。

2人して新しい服に着替えた(1人は不本意だが)後、右近は睦実の手を引いて大型アミューズメントパークへ向かった。
生まれて初めて訪れたゲームセンターは見慣れないものが並ぶわ音はうるさいわで睦実は一瞬ひるんでしまった。しかし、右近がレースゲームでハイスコアをたたき出したり、格闘対戦ゲームで次々と敵を倒してゆくのは後ろから見ているだけでも面白く、いつのまにかモニターの眩しさや大音量のBGMにも慣れていった。
が。「むっちゃんもやる?」とコントローラーを渡された途端。

…………10秒もしないうちにゲームオーバー。
生来運動神経が限りなくゼロに近い睦実が、初めて触ったゲームで上手に遊べる道理も、無いのだ。

「『太鼓の鉄人』は結構いけましたよ」

「あー、うん。そだね」

右近の賛同を得、睦実は少し誇らしげに笑い機嫌を直した。

和太鼓型の音楽ゲームだけはかろうじてまともに出来たので、最後はそのゲームを2人同時プレイして楽しみ、睦実の中ではそれが有終の美となっている。
が、右近にとっての有終の美は別のところにあった。
ポケットから紙片を取り出し、それをまじまじと見て嬉しそうに笑う。何かと思い睦実も食べる手を止めそれを覗き込んだ。

「それ、最後にやった……プリクラ、でしたっけ?」

印画紙の中では思いっきりはしゃぐ右近とぎこちなくポーズをとる睦実が何人も印刷されている。

「っそ。初めて撮ったわりにはけっこーいんじゃね?」

「初めてって……右近くんはよくゲームセンターに行くんでしょう?」

「あのね、プリクラコーナーは男子禁制なの。入れるのは女子同伴の男子だけ。女の子だけのグループをナンパする目的で入ってくる輩もいるからさっ」

「そうなんですか」

「そー! だから、一緒に来てくれてありがとね、むっちゃん! 俺、前からプリクラやってみたかったんだよねー!!」

ありがたやありがたや、と冗談めかして拝んでくる右近に、睦実は少し戸惑いながらも笑みを向けた。その困ったような笑みを右近は見咎め、笑顔を消す。

「むっちゃん、アイスおいしい?」

「えっ? ……あ、はい、美味しいですよ、すごく」

右近の突然の質問に睦実はスプーンを止めていたことを思い出し、あわててとけかかったソルベをすくう。
そんな睦実を、右近は笑みとも悲哀とも取れない表情で見つめる。

「このパフェも、プリクラも、女の子のむっちゃんだから、出会えたんだよ?」

睦実はいつになくしんみりした右近の声に驚き、目線をソルベから彼に移す。

「他にも一杯、女のヒトだからこそ楽しめること、嬉しいこと、あると思う。だから……『女になんてならなければよかった』って、悲しまないで、ね?」

そして右近はニコ、と笑んだ。ひどく優しい笑顔で。

「……はい。」

冷たいものを食べているのに。
睦実の体は、心は、じわ、と暖かくなる。まるで、胸の中にある氷が日の光に溶けていくようだった。

「じゃあさじゃあさ、食べ終わったら、最後に行きたかった場所、つきあってくれる?」

「ええ、よろこんで」

いつもの明るいテンションに戻った右近に、睦実も柔らかい笑みを向ける。もう、女物の服を着ていることなど少しも気にならなくなっていた。

 

    

もどる