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なかなか姿を現さない花嫁に、柳崎が業を煮やし不安がピークに達し。式の進行役に声をかけようとした時、睦実と明仁の姿が入り口に現れる。
柳崎は安堵の溜め息をこっそりと吐き、心の底から沸き上がる喜びに顔を綻ばせた。
「──は、主のもとに…──として新たな…──」
神父の言葉は、睦実の頭には入ってきていなかった。ただ、夫となる人の腕は、暖かい。だが、なぜか胸の内は、ひどく冷たくて木枯らしが吹いているかのように乾いていた。
睦実は、そんな自分の気持ちを誤魔化すために、誓いの言葉を間違いなく言わねば、と。それだけを、ひたすら考えていた。
「──愛すると誓いますか?」
「誓います」
いつのまにか、誓約の章に入っていたらしく、柳崎の言葉は睦実の思考を現実に引き戻す。
「新婦・笹林睦実は、夫・柳崎雅哉を病める時も健やかなる時も──愛すると誓いますか?」
神父に問われる。答えなければ、ならない。『誓います』と──。
だが、言わねばならないと思えば思うほど、早くせねばならないと焦れば焦るほど、リハーサルと同じ言葉は出て来なかった。
そんな睦実に、雅哉は小さく囁く。
「睦実、無理をして誓わなくていい。結婚式は延期したって…いや、本来、式など挙げずとも…いいものなんですから」
雅哉の優しさに、睦実は気付く。自分には、こんなにも想い、愛してくれる人がいる。そんな彼を悲しませたりしてはいけない、と。
睦実は深呼吸を一つして、そして口を開いた。
「誓…」
睦実の言葉の途中で、『バンッ』というブレーカーの落ちる音とともに、礼拝堂の照明が一気に消える。
と、睦実の手が外されるのと、ほぼ同時に礼拝堂のステンドグラスが割れる甲高い音がした。雅哉は戦慄し、急いで指示を出す。
「非常用の自家発電装置はあるか?!」
「は、はい!」
神父の返事の後、暫くして電気がつく。雅哉の杞憂のとおり、睦実の姿は礼拝堂にはなかった。
「ヒルダさん、至急、追跡隊の編成を!」
言うなり雅哉は部下から携帯を借り、どこかに電話をする。
「分かっている!」
ドラリンもハンドバッグから時計型トランシーバーを取り出す。
「RM社専属SPS(シークレットポリスサービス)、花嫁が拉致された! 犯人は礼拝堂のステンドグラスを割り逃走! 至急追跡してくれ!!」
「アツシ君・零〜伍号…ってこれはi-Potだよ! これでもないあれでもない…携帯電話どこやったっけ?!」
テンパるドラリンに、お抱えのSPから連絡が入ったらしい柳崎が声をかけた。
「ヒルダさん! 北西方角に、ヴェールをかぶった人を抱えた男がビルからビルへと逃走しているらしいです!」
「分かった! おお、携帯電話発見! アツシ君・零〜伍号、式場から北西方角を捜索・追跡せよ!!」
ドラリンは指示を出しながら式場を後にする。柳崎もドラリンに続いた。
「俺たちも追うか?」
「…うん」
大治郎の提案に光は渋々賛同し、二人は上官と新郎を追う。
「レッド、俺っちたちも行くかい?」
「ああ…」
光と大治郎の後に、清一と明仁が続いた。
が、明仁は式場を出て、すぐの所で清一に何事かを耳打ちする。清一は頷くなり全速力で上司を追い掛け、明仁は、その場で──入り口近くで中の様子を伺った。
神父や聖歌隊は関係者控室に戻ったらしく、礼拝堂には人一人いないのにも関わらず、である。
だが明仁は、ある確信をもって其所に残ったのだった。