【誓いと祝福】

「諸君、おはよう。久しぶりの出勤だが体がなまってはいないか?」

市ヶ谷の防衛省ビル最上階・ホンゲダバー基地。司令室。
その中心に位置する重厚なオーク材のデスクにドラリンは座し、隊員4名はその前に集まり敬礼……はしていない。

「また急な活動再開だな」

その知らせを明仁が受けたのは今朝の6時。起きしなに突然出動命令を出されて機嫌が良いはずがない。
それは他の隊員3人も同様であり、皆一様に「なんでだよ」という目で上司を見ているわけだが。

「だって昨日、アツシ君シリーズ出動させちゃったからさー、休んでるわけには行かんだろ」

「ったく〜……今日の夕方にはシンガポール行きの飛行機に乗る予定だったのに〜。な、光?」

大治郎はドラリンの言い草に納得しながらも溜息をつくし、光も隣で頷く。

「アレが囮だってわかってたならアツシ君たち使わなけりゃ良かったじゃん」

「結局、花嫁泥棒に手も足も出なかったさー」

光と清一に言い募られ、ドラリンに残された手段はもう、

「あーもー! うるせーな!! 睦実が幸せになったんだからそれでいーじゃんかよー!!」

逆切れしかなかった。

しかしその手段はあまり良い結果を生まない。
なぜなら『睦実』だの『幸せ』だの聞いた途端に明仁は花嫁の父さながらの怒りと悲しみと、でもちょっぴり嬉しさを混ぜた表情を浮かべるし、

「で、ホワイトはドコいったのさー?」

「まぁ当分は来ないんだろーなー」

「かけおち同然だもんね」

清一、大治郎、光の言葉を聞いて、明仁の表情に心配の色が加わり、「倉石のヤツ…睦実を不幸にしたらぶち殺す…」とぼそぼそ呟く様は非常に、怖い。
そんな花嫁の父を、他の4名は放置しておくことに決めた。

「あいつらならうまくやってるさ!」

と、ドラリンが胸を張って言った、その時。

コンコン、と彼女の後ろからガラスを叩くような音が聞こえた。
いや、

バンバン!!

叩くような、じゃなくて、叩いている。
5人は窓に目をやり、言葉を失った。

人間が、窓枠に立って、外側から、防衛省ビル最上階の窓を叩いているのだ。

自分の存在に気づいてもらえたので、ニパッと明るい笑みを室内に向けたのは、善太だった。
窓を開け室内に入ろうとしているらしいが、あいにくこの窓は電動開閉式なので取っ手がない。善太は少々の試みの後、業を煮やしガラスをぶち破ろうと拳を振りかぶった。

「ストップストップ!! 今開ける!!」

特殊防弾ガラスが割られる前に、いち早く石化が解けたドラリンがリモコンを操作し、善太は穏便に入室することが出来た。

 

「で、どうしたんだ善太?」

『普通に入口から入ってくれ』とか『なんでこの高さまでロープも何も使わないで壁伝いに上ってこれるんだ』とか『今日のアンタのガラシャツ+スラックス姿、ぱっと見ヤクザっぽいな』とか、5人の胸には様々なツッコミが去来したが、それを口に出しても無駄そうなので、ドラリンが代表して一番重要な事柄を尋ねる。

「届けモンがあって、ドラリンさんのにおい辿ってココまで来たけど、5人みんなココにいてくれて助かった!」

要領を得ない回答の後、善太はポケットから薄い青の封筒を5通取り出すと、それを一人一人に手渡した。

「絶対、来てくれ、な。 じゃ、用終わったから帰る」

善太は一方的に言うと、窓枠に足をかけた。

「待て!帰りは普通にエレベーターで…」

ドラリンが止めるよりも先に。
善太の体は地上目指して落下していってしまった。

「全く、肝が冷えたぜ……」

「右近くんといい、なんとかレンジャーの身体能力はどうなってんだ?」

「善太君もスパイダーマンみたいだったさー」

ぶつくさ言いながら一様に封筒を開ける、と、そこには2枚の紙。
1枚には『新宿駅より徒歩15分●●ビル屋上へ午後6時にこられたし』とのメッセージ。
そしてもう一枚には指定されたビルへの案内図。
差出人は、倉石庵と笹林睦実。

5人は顔を見合わせた。

    ****************

指定された場所に、ホンゲダの面々は時間通りにやってきた。
新宿駅近くといえどメインストリートから外れ閑散としたビル郡。その中の小さなビルの屋上が指定場所で、そこには1台の小型のヘリが停まっていた。

5人が機体に近づくと運転席のドアが開き、黒のスーツを着た壮年の男が礼儀正しく頭を下げた。

「お待ちしておりました。どうぞお乗りくださいませ」

5人が乗り込むと、運転手はアイマスクをそれぞれに手渡した。

「これからお連れする場所はけして人に知られてはならない地にございます。恐れ入りますがアイマスクをご着用ください」

さらりと丁寧に重たいことを言われ、逆らえるわけがない。
招待主は本当に庵と睦実だったのか、自分達はどこへ連れ去られてしまうのか、次第に心配になってくる5人を乗せて、ヘリは夕刻迫る空へと出発した。

 

    

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