庵の肌は白磁と称するほどに白くきめ細かく、花菖蒲を髣髴とさせる深い色合いの羽織に映え。
睦実の純白の内掛けや角隠しは紅をぽつと唇に差した彼女の清廉な美しさを普段の数倍以上に際立たせている。

そして右近の母と思しき中年の女性が漆の箱を掲げ持ってその後に続き、4人は文机をはさんで皆と向かい合って座る。

「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。さて、これより仲介人・帯刀通孝、帯刀千鶴の責のもと、倉石庵と笹林睦実の婚礼を人前式にて行います」

通孝の挨拶に続いて4人は頭を下げる。
その厳粛な雰囲気に善太たちや、ホンゲダメンバー達も驚くのも忘れ礼を返した。

「人前式とは聞き慣れないやもしれませんが」

続いて千鶴と紹介された女性が口を開いた。

「多く行われております三々九度や教会での誓いは神前式と申しまして、宗派は違えど神に夫婦となることを誓うものでございます。人前式はそれとは異なり、新郎と新婦が誓いを立てる相手は人にございます」

千鶴の声は朗々と響き、室内の空気が厳粛なものに変わってゆく。しかしそれはピリピリと張り詰めているのではなく、深くゆったりとした深い海の底の静けさに似ていた。

「そのために皆様をお招きいたしました。新郎と新婦は大切な方たちに夫婦となることを誓い、皆様はお二方の誓いの証人となっていただきます。」

『大切』な、方。

庵も睦実も、招待した自分の仲間、友人達を真っ直ぐに見据え、緊張した面持ちでいる。
2人は世間で言うところの『駆け落ち』をしたのだから、ほとぼりが冷めるまで外部との接触は避けるべきだというのに。
結婚をしたのならば事後報告としてこっそり教えてくれるだけで構わなかったのに。
彼らはそれだけで済ましたくは無かったのだ。
大切な人たちだからこそ、人生の門出を見届けて欲しい。共に祝って欲しい。

善太たち元なんとかレンジャーの面々は嬉しそうに笑んでいる。

あまりにも突然のことで、
行先を知らされないままつれてこられて。

戸惑ったけど。
驚いたけど。

ホンゲダバーの5人も、2人の意志を解し、この若い新郎新婦に微笑んだ。

「勿論皆様方にはそれを拒む権利がございます。この2人が夫婦となることに賛同されない方、幸せになれないのではとお思いの方は居りませんか?」

通孝の言葉に、ドラリンは意地悪そうな笑みを明仁に向けた。明仁はあえて彼女を無視することでそれに応える。

「それでは、倉石庵と笹林睦実が夫婦となることに承認される方は、拍手をお願いいたします!」

一瞬の間。
庵も、睦実も、表情を固くする。

そして次の瞬間――― 割れんばかりの拍手が起こった。

 

善太も、右近も、明美も、連賀も、清一も、光も、大治郎も、ドラリンも、そして明仁も、ありったけの拍手を2人に送る。

庵と睦実は顔を見合わせて、微笑んで。
そして涙を浮かべた睦実の目元を庵はそっと拭ってやった。

「うおー、さっそくラブラブじゃん! キスしちゃえー! きーす!きーす!」

「きーす!きーす!」

「きーす!きーす!」

「きーす!きーす!」

右近が囃し立て、その後に善太、大治郎、清一も一緒になってキスコールを送った。
次の瞬間。
小ぶりの投げナイフが空を裂いた。4人の頭部ギリギリを掠め襖や柱に突き刺さる。

「式はまだ終わっておりません。戯れは慎みくださいませ」

正確無比なコントロールでナイフを投げた千鶴が笑顔でやんわりと注意すると、一足早く羽目を外してしまった4人は慌てて座りなおし背筋を伸ばした。

「皆様の承認をいただけましたので、誓約書にお二人の御名前を記名いただき婚姻の成立とさせていただきます」

自分の妻が突然凶器を投げたことを気にも留めない様子で通孝は進行を続ける。
千鶴は漆の箱から綺麗に装丁された誓約書と硯箱を出して文机の上に配置し、庵と睦実のそれぞれに小筆を持たせた。

「どうぞご記名くださいませ。性は過去を、名は未来を表し、姓名合すれば魂を表すものにございます。筆を進める毎に、あなた方お二人を承認された方々へ、そしてご自身の魂へ、お相手の人生の伴侶となることをお誓いくださいませ」

千鶴の声がもたらす厳粛な雰囲気の元、まずは庵が、そして次に睦実が和紙でできた誓約書に自分の名を記す。
そして通孝は記名を終えたことを確認し、書状を皆に向けて掲げる。

「只今をもちまして、新郎・倉石庵と新婦・笹林睦実の婚礼は成立し、お二人は夫婦となりました」

その声を皮切りに、誰からともなく、拍手が起こった。

千鶴は誓約書を綺麗にたたんで漆の箱に入れなおし丁寧に紅の紐をかけるとそれを庵と睦実の前に差し出した。

「こちらはお持ちください。お二人の絆をいつ何時でも思い出せるように」

その声も、大量の拍手にかき消される。
睦実は暖かな雫を白粉を薄く塗った頬に落とし、庵も瞳が潤むのを隠しきれずに。
そして二人は顔を見合わせ微笑みあった。

沢山のすれ違いや悲しみを越えて。
けして順調ではない道のりで。
周囲にも幾度となく迷惑をかけてしまったけれど。

今、こうして門出を祝福してくれる仲間たちがいる幸福を噛み締めながら。
そして、
己の魂に強く立てた誓いの、その暖かさを噛み締めながら。

「さてさて、めでたくご両人が夫婦となりましたところで、祝いの宴でも設けようじゃありませんか!」

右近は立ち上がり縁側へ続く障子をがらりと開ける、とそこには、月明かりに照らされた広い庭に設営された宴会場。室内から運び出されたテーブルにはご馳走の数々が並んでいる。

「さ、遠慮は無用ですよ!」

テーブルの横でバーベキューを焼く右近の兄と思しきクセ毛の青年が、室内に笑顔を向け手招いた。
その美味しそうな香りとお祭ムードに一同は腰を上げ、縁側の下に用意されていた草履を履いて庭へ降り。
庵と睦実の婚礼の宴は賑やかに始まった。

 

    

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