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とっぷり暮れた星空の下。高く上った月が帯刀家の庭先を照らしている。

その一角で御空加々見流古武術師範の通孝と、師範代である右近の兄・一之進が、演武の中でも特に華やかな『祝賀の段』を演じ。

ドラリンは涙・鼻水・ヨダレ、と顔中の穴という穴から液体を流して帯刀親子を凝視。
その横で連賀は開発中のアクションゲームの資料にとデジカメのシャッターを連打し。

千鶴はバーベキューコンロで肉を大量に焼き。
清一はバーベキューコンロの横でせっせとたこ焼きを焼き。
善太は肉とたこ焼きが焼きあがる端から自分の口にそれを運び。

光は右近の作ったカレーの辛さにむせて咳き込み。
大治郎はそんな光の背中をさすりながら彼に水のグラスを渡してやり。

明仁はナスとトマトの冷製煮びたしのレシピを明美に聞き。
明美は演武に見とれながらも明仁のグラスにビールを注ぎつつ、煮びたしの隠し味を教えていた。

そして、縁側に腰掛け一人静かに冷酒のグラスを傾ける庵に、賑やかしい声がかけられる。

「いーおりーん、のーんでーるかー?」

えっへっへ、とビールのグラス片手にすでに出来上がっている右近を、庵は呆れたように見上げる。

「ほどほどにしなさい。…あなた未成年でしょう?」

「先月〜、ハタチになったもんねー! もーね、俺もオトナの男ですよ!」

「そうですか」

「だから〜、いつでもむっちゃんのコトかっさらえるからね〜」

右近の不吉な台詞に、庵は口に含んでいた酒を勢いよく吹き出した。
その様を見て、右近はケラケラと笑う、が、ぴたりと笑うのをやめ、真剣な面持ちになった。

「マジだよ。庵が睦実を不幸にするようなら、俺はいつでも睦実をさらいに行くからな」

射抜くような、右近の目。
庵も負けじと睨み返す。

「……そんなことはさせない。睦実を不幸になんて、絶対に、しません」

二人の男は、睨みあう。
肉が焼ける音、楽しげな話し声、演武の空を切り裂く拳の音が、刹那遠く消える。

「絶対、か」

「絶対、です」

庵の揺るぎない意志を受け取り、右近は表情を緩めた。
そして何も言わずに庵のグラスをひったくり、半分ほど残っていた冷酒を一気に飲み干す。

「っあー! うーまーいーぞー!!」

「あなたねぇ……」

呆れる庵に空のグラスを返し、右近も庵の隣に腰を下ろした。
喧騒が、二人の耳に再び戻る。
演武はクライマックスを迎えており、ドラリンの興奮した声が更に大きくなっていた。

「酒はうまいし、むっちゃんはすごいきれーだし、もー幸せ! …あっ、庵ももちろんキレーだよ?」

右近のとってつけたような褒め言葉に庵は苦笑をもらす。
以前の自分ならば、このようなフォローが無ければ確実に腹を立てていただろう。でも、今はその台詞は滑稽にしか聞こえない。

「いいんですよ、無理に褒めなくても」

「へ? だーって、この世で一番キレーなのは庵なんしょ?」

俺は庵がナルシストでも差別しませんよ〜 と言う右近に、庵はもう一度苦笑いを向ける。

鏡の向こうの自分に執着しなくなってから、もう半年以上経つ。
20数年間の愛情が、こんなにもあっけなく消えるなんて、思いもしなかった。そして庵は彼女の存在の大きさを再認識し暖かな気持ちに包まれる。

「一番は、睦実ですよ」

微笑む庵に。
右近は前触れも無く頭突きを食らわせた。

「??!」

ごちーん、と良い音がして、庵は突然の痛みに額を押さえる。

「どーもどーも、ごちそーさまでしたー」

右近は意地の悪い笑みを庵に投げかけ、縁側から降り立つ。
そして宴の中心に行こうとした彼を、

「右近」

庵は呼び止めた。

「はーぁい?」

振り向く友人に、庵は少し躊躇ってから、口を開く。

「あの……あ、りがとう」

その、台詞に、右近は口をあんぐりとあけ目を丸くし。

「え……ちょ、なに?? もー一回言って!」

「もう、言いませんよ!」

そっぽを向いてしまった庵に、そんなぁ〜、と右近はからむ。

「もっかい言ってよ〜! 今すぐ録音機材もってくるからさぁ〜」

「イヤです! さっさと飲みにもどりなさい!」

結局いつもどおりの庵の剣幕に、右近はヘイヘイ、と憎めない笑みを浮かべ、そして庭の向こうをちらと見た。
ちょうど、父と兄の演武が終了したところだった。

「はいはい! じゃー次は、バトルロワイヤル式異種格闘技大会を開催するよ〜!! 参加希望者は手を上げてー!!」

声を上げると、いち早く善太と清一が、そして面白がりの大治郎も手を上げた。もちろん通孝と一之進もエントリーする。

庵は呆れた表情でそれを見ていた、が、

「優勝者には、花嫁からのキスをプレゼント〜!!」

「なんですって?!」

「なんだと??!」

主催者(右近)の暴挙に、庵と明仁も傍観できるはずもなく参戦。
かくして手錬れ揃い踏みの異種格闘技戦は幕を開けた。

涙で目が腫れたのがようやく治まり、遅れて宴の席にやってきた睦実は、自分の唇が優勝商品になっているとは知らずに「みんな元気ですねぇ〜」とのんびり観戦し。

おそらくこの場で最も喜んでいるであろうドラリンは、「うえっひょひょひょひょひょ!!」と言語回路がおかしくなるほどに狂喜し。

おそらくこの場で最も一般人に近い光は「みんな人間じゃない… ていうか怖い…」とドン引き気味に戦いを見守り。

明美は戦いの飛び火によって料理が無茶苦茶になるのを死守し、連賀はそんな明美が戦いに巻き込まれないよう死守した。

そして。

『御空加々見流最強の剣士』一之進が早々に降参し。
『スタイリッシュな太極拳使い』大治郎はスタミナ負けでリタイヤ。
『勘で戦う野生児』清一と『力任せの熱血不死身ファイター』善太は明美が新たに焼いたタンドリーチキンの香りに誘われ戦線離脱。
『御空加々見流一応最強の師範』通孝は戦うのに飽きて戦闘放棄。

残されたのは『フマジメ御空加々見流』右近と『華麗な秘孔術使い』庵と『最恐の八極拳使い』明仁。

「むっちゃんのキスは俺がもらったモンねー!!」
「誰が貴様なんぞにやるかァァァ!!」
「何人たりとも睦実にふれさせません!!」

3すくみの火花散る戦いに終止符を打ったのは、

「いーかげんに、しなさーい!!」

無数の金属の棒が飛来し、3人は木や地面に縫い付けられてしまった。
そして今しがた投げた凶器の残り――― バーベキューの串を手に、にっこり笑って仁王立ちする千鶴に、全員降参。

かくして、睦実の唇は守られ。

宴の夜は更けていったのであった。

 

    

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