第4章
【聖夜は優しい祈りに満ちて】
夜の無くなった街が、様々な色のライトで彩られる季節、12月。
緑と赤と黄、そして青色で飾られた木や建造物。それらは歩行者だけでなく、ドライバーの目も引いてしまうため自然渋滞の原因になっていた。
今日、24日は特にその傾向が強い。
車を使用する人たちが多いことも渋滞を引き起こす要因になっているのであろう。が、それを差し引いたとしても、東京のメインストリートの渋滞の規模は、年間を通して1・2を争うほどになっていた。
「あ〜も〜、ちっっとも進まねぇ! これじゃパーティーに間に合わんわ!!」
自家用車である電気自動車のハンドルを握ったまま、ドラリンは愚痴をこぼす。
「みんな待ってるかな…」
睦実は、上司の言葉に答えず夫や友や同僚に想いを馳た。
「あの店員最悪! 睦実が苦手だっつー系のドレスばっかり見繕って来やがって! ありゃ絶対嫉妬だな。睦実が美人で若くて既婚者だから」
上司の憶測に、睦実は左指にはめた銀の指輪を見つめつつ、苦笑して発言を否定する。
「司令、誉めすぎですよ。オレは、そんな美人なんかじゃないし」
「なーにを言っとるんだ! 睦実はすっごい美人さんだぞ?!」
それは親の欲目だろう、と睦実は判じたが、この場を円く納めるために素直に感謝の言葉を口にした。
「結局、私がコーディネートしたヤツに決めたんだもんな…」
「これが一番好きなタイプでしたから」
睦実は今、アイスブルーのドレスを身に纏っている。
ホームパーティーだから正装の必要はない、と言い張る睦実にドラリンが半ば強制的に連行し、高級ブティックで購入したもの。
フレア地のノースリーブドレスという、あからさまにフェミニンタイプのものなので睦実は少々躊躇したが、店員の出してきた柄物ドレスよりは何倍もマシだったので、これにしたのだ。
「あんなセンス悪いヤツ採用するなんて、あの店落ち目だな」
未だに怒りの収まらないらしいドラリンに、睦実の微笑みが向けられる。
「でも、おかげで司令が選んだドレスになったわけですから」
「まーな! 私のレーダーに引っ掛かったのは、この一着だけだしな!」
睦実がフォローをするなりドラリンは、ふんぞり返って威張りはじめた。
「しっかし…このままじゃラチが明かねぇな。あのビルの駐車場入るぞ」
「『呼ぶ』んですか?!」
『呼ぶ』とは、緊急時にヘリポートのあるビルに行きAI搭載ヘリを呼び出し目的地まで移動する、という一連のことを指す。
「お前だって旦那を待たせたくないだろ?」
ドラリンの台詞に、睦実は言葉を失って顔を朱に染める。
「でも司令官、最近かなり職権を濫用してませんか? オレの手術のことや雅哉さんのことで…」
心配そうに問う睦実にドラリンは、微笑むことで己の想いを部下に伝えた。
『お前たちが幸せで居られるのなら、どんな汚名も醜聞も批判も、甘んじて受ける』
と。
睦実は、そんな彼女を見て切なくなる。いつも、おちゃらけている司令官は心に大きな傷を持っていて。誰に明かすこともせずに、独りで抱えて生きて。数々の心ない者たちからの陰口をものともせずに。沢山の辛いことをおくびにも出さずに日々を過ごしている。
そんな彼女の生き方を尊敬しつつも、どこか悲しくて寂しかった。
「さってと、じゃ、屋上に向かうか」
ドラリンは高層ビルの地下駐車場に車を停め、ロビー直通のエレベーターに向かう。その背中を見て、睦実は更に胸が締め付けられた。
今の自分には、自分の幸せを願い力を貸してくれる彼女の幸せを願うことしかできない。
「司令官」
睦実の呼び掛けにドラリンは振り向く。いつの間にか至近距離にいた睦実が自分に抱きついてきた。ドラリンは、突拍子もない部下の行動に度胆を抜かれながらも、睦実の背に腕を回す。
「睦実? どうした?」
優しく問う上司に、睦実は涙を堪えて想いを伝えた。
「司令、オレ…幸せです。皆がいて、司令がいて。だから」
睦実は息継ぎをし、ゆっくり、だがハッキリと気持ちの形を言葉にする。
「だから、司令も…絶対絶対、幸せになってください」
震える声が、幸せを祈った。ドラリンは驚きに目を見張りつつも、喜びで胸が暖かくなるのを感じて、幸福感を噛み締める。
「…私は、いま、幸せだよ。睦実、明仁、清一、大治郎…、そして光。信頼できる、頼もしい部下がいる。こうして私の幸せを願ってくれる子もいる。こんなにも恵まれた私は、誰よりも幸せだと…思わないか?」
そう言いながらドラリンは睦実の背中をポンポンと叩き、もう一方の手で頭を撫でた。
神なんて信じてなんか、いないけど。
もし、いるのなら、この、誰よりも強く悲しい女性(ヒト)の幸せを、絶対に奪わないでください。
睦実は心の中で、そう繰り返さずにはいられなかった。