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庵と睦実の新居にドラリンたちが戻って来た時、既に宴会は始まっていた。
「ごっめ〜ん、むっちゃん! 料理を前にした善太を止めることは、俺にはできなかった…」
女性二人を出迎えるなり、右近は膝を床について嘆き出す。
「え、そんな、気にしないでください! 遅くなったオレたちも悪い…」
「ってゆーか、むっちゃんカ〜ワイ〜! ちょー可愛い!!」
叫ぶなり右近は睦実に抱きつく。彼の体は酒くさかったので、酔っ払っているということがすぐに分かった。
「ちょっと、右近君…」
睦実は少し戸惑いながら、彼の体を押し退けて引き剥がそうとした。が、右近はがっちりと体に腕を回しているので、なかなか離れない。
「右近君右近君、いい加減にしないと…」
旦那に気付かれたら殺されるぞ、とドラリンが言いかけた時、右近の体が床に崩れ落ちた。
「この恥知らずが…人妻に、なんて無礼な振る舞いを!」
秘孔術を惜し気もなく披露してくれた庵と敗者を、ドラリンと睦実は交互に視線を遣り。二人は目を合わせるなり笑い合った。
「なにを笑っているんですか?」
怪訝そうな顔付きで問う庵の腕に手を回し睦実は「なんでもありません」と満面の笑顔で答える。庵は訳が分からないながらも積極的な伴侶の行動に戸惑いつつ微笑んだ。
「睦実、そのドレス可愛いですね」
「本当?」
「ええ。他の男に見せたくないくらいですよ」
歯の浮くような台詞だという自覚なしに妻を褒める庵に、ドラリンは「甘すぎて砂糖吐きそー…」とゲンナリしながら呟いたのだった。
「おー、遅かったな! ドラリンさん、ムツミ!」
善太の呼びかけに、ドラリンは片手をあげて『ゴメン』の合図をする。
「すまんすまん、渋滞がアホほど凄くてな」
「あれ? 明仁さんは?」
仲間に遅刻の侘びをしながら睦実は明仁の不在に気付き、行き先を問うた。
「明仁さんは、バルコニーにいるよ。酔い覚ましに、風に当たりたいんだって」
光の言葉に頷き、睦実はボレロを羽織るとバルコニーに続くガラス戸をそっと開け、サンダルをつっかけて明仁の側に寄る。
「明仁さん」
明仁は呼び掛けられた睦実の方を向いて微笑むと、また先ほどと同じように視線を夜の海に遣った。
「綺麗、ですね」
「…ああ」
暫くの沈黙の後、睦実は寒さに体を震わせる。そんな睦実の肩に明仁は、自分が着ていたスーツのジャケットをかけてやった。
「ありがとうございます…」
睦実は頬を少し染め、感謝の言葉を口にする。冷たい風が睦実の方から吹いてきたので、明仁は睦実をかばうように風上に移動した。
「あの、そこまで気を遣わないでも…」
「いや、女の子は体を冷やしちゃいけない。気にするな」
「…分かりました」
明仁が優しすぎて、睦実は涙を溢しそうになる。明仁は、いつも自分を守ってくれていた。陰になり日向になり、いつもいつでも、側にいてくれて。
「睦実は今、幸せか?」
問われ、睦実は首を縦に振る。声を出すと、感情が抑えきれなくなって、泣き出しそうだったから。
「そうか、よかった。まぁ、普段のお前を見ていれば幸せか、そうでないかなど一目瞭然なんだが」
どうしても、お前から『幸せだ』と言ってほしかった──明仁は、そう続けた。
「お前だけじゃなくて…清一、大治郎、光、そして司令官が幸せであることが、俺の幸せ──なんて、偽善に聞こえるかも知れんが、それが俺の正直な気持ちなんだ」
明仁は、普段よりも遥かに饒舌になっている。それが酒のせいなのか、冬の夜の街を見て思うところがあったからなのかは分からない。
分かるのは、彼の『大切な人たちが幸せなら自分も幸せ』という言葉が嘘ではない、ということだけだ。
「オレも、皆が幸せだと幸せ、という気持ちは強くあります。それは、偽善ではないと…思っています」
「…ありがとう」
睦実は嬉しかった。司令官に対して自分が抱いている想いと同じものを、仲間が持っていることが。
時間にしたら、ほんの数十秒であったろうが、二人は同じ景色を目にし。
同じ想いを、夜空の星へと馳せた。
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「う〜、寒っ!」
「すっかり冷えたな…」
次々と室内に駆け込んだ睦実と明仁は、異様な光景を目の当たりにし、呆然と口を開けた。
右近、連賀、清一、大治郎、光は屍のように床に伏し、その人々の合間を縫って善太と明美が死闘を繰り広げている。
「明仁、睦実」
こっそりとリビングソファの陰からドラリンが呼んでいる。彼女の側に行くと庵の姿も、そこにあった。
「こ、これは一体どうしたんですか?」
声をひそめて話す睦実に、同じく音量を下げて答えるドラリン。
「いやー、睦実と明仁がバルコニーにいる間、なんでか、いおりんが善太君と連賀君に辛く当たり出して、連賀君が傷付き明美君に泣きついてだな」
「甘ったれる連賀に対して、再び裏の彼が顔を出したんです。あれよあれよという間に連賀も右近も」
「清一、大治郎、光も餌食になってねぇ…」
「…よく二人は無事でしたね」
「そりゃイケニェ…げふん、連賀を始めとして、彼らが犠牲になってくれたおかげで」
「逃げることができたのですよ」
睦実の問いに答えた二人が息ピッタリだったので、睦実も明仁も、普段二人が犬猿の仲なのも、同族嫌悪というヤツなのではなかろうか、と思わずにはいられなかった。
「それにしても明仁って、信じらんねぇくらいジェントルだよなっ☆」
羽織ったアイボリーのジャケットを指差しながらドラリンが睦実に耳打ちをすると、睦実は頬を染める。
「ええ。彼は本当に…優しいんですよね。もちろん厳しい面も、ありますけど」
「あ〜、だから庵はイライラしてたんか。睦実を持ってかれると思って」
頷きながら返した言葉に反論しようとする睦実を、ドラリンは手で制する。善太と裏美のスタミナの限界が近いことを察したからだ。
二人の集中力の切れかけた今がチャンスとばかりにドラリンは、どこからか吹き矢を取り出した。戦う二人に狙いを定め、麻酔薬を塗付してある針を裝填した筒を吹く。
「ほげ?」
針の刺さった裏美は数秒の後に呆気なく倒れた。が、毒やら薬品に耐性があるのだろうか、善太は刺さった針をものともせずに抜き捨て、平然としている。
「ぜ、善太君…キミ、なんともない、のか?」
突然ソファの陰から出てきた問うたドラリンを見つめ、針の刺さった場所を痒そうに掻く彼は逆に問い返した。
「『なんともない』って、なんだ?」
「いや、だから、針。刺さったっしょ? アレにはね、麻酔薬塗ってあるから眠くなるハズ…なんだけど」
「? そうなのか。でも、ねむくならないな。すまん」
なぜ謝られるのか、よく分からないままドラリンは「いえいえ、お気になさらずに」と返したのだった。