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「…本当にヒドイ目に遭ったさ…」
睦実の武器である『毒舌補助眼鏡弐式』の逆バージョンで、裏美に精神攻撃をされた人々の回復を図る。始めに回復したのは清一。根が単純な彼なので、人一倍褒め言葉を素直に受け止められるのだろう。
「で、司令と明仁さんと睦実は無事だったさ?」
「ええ、お陰さまで。もっとも司令は」
言葉を区切る睦実に、清一は首を傾げる。
「気絶した明美さんを性懲りもなく拐おうとして明仁さんと庵に捕縛され、今現在二人に厳しく監視されてますが」
ドラリンは、明仁・庵のコラボレーションにより悪巧みを未然に阻止され、非常に不機嫌なまま料理にガッついている。
「でも、司令が明美君に精神攻撃受けなくて良かったさー」
清一の台詞に、睦実は弾かれたように顔を上げる。
「明美君は、司令の過去を知らないさ。けど、知らず知らずの内に言った言葉が人を傷付けることって、少なくないと思うのさ」
おおよそ清一らしくない真剣な顔付きで言われ。睦実は、驚かざるを得なかった。しかし感情の動きを表面には出さず、頷くことで彼に賛同する。
「そうなんだよね。だから、司令が一目散に逃げた時も『ちょっと待てー!!』とか思ったけど後で考えたら『まぁ良いか』って、なっちゃった」
唐突に話しかけられ、睦実と清一は声のした方を向く。明美の裏人格に散々打ちのめされたにも関わらず、光は自力で回復したらしく、清一と睦実に声をかけてきたのだ。
「光さん、もう大丈夫なんですか?!」
「うん。睦実の手を煩わす程のダメージでもなかった、から」
「そう…ですか?」
「うん…言われ慣れてる事ばっかりだったしね」
半分、影を背負いながら続けた光に、睦実は曖昧な笑顔を向けることしかできない。
「それはそうと、僕も正直ホッとしてるよ。裏美さんは、笑顔で古傷をえぐるから。万一…司令がどういう経緯で今の地位に就いたかとか問われて昔のことを思い出させちゃうのは嫌だしね」
「光さん…」
睦実は、光の言葉に沢山の優しい感情が含まれていることが嬉しくて。そして、今更ながらに気付いた。
彼らは──自分の仲間は、自分が過去に受けた傷を思い出させないために、発言に注意を払ってくれていることに。それは、決して無理をして口を閉ざしているとか気を遣っているわけではないだろう。だって自分が彼らと接している時、不自然だとか無理をしてるとかは、全く感じられなかったから。
睦実は涙を堪え、心に浮かんだ形を素直に清一と光に伝える。
「…司令官に、いつか一人で戦わなくて良いって、気付いてほしいですね」
そんな睦実に、清一も光も、しっかりと頷いたのだった。
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宴会は一時中断の憂き目に遭ったが、睦実の努力により回避され、穏やかに時間は過ぎていく。
「に、しても、睦実…変わったよなぁ」
笑顔で話す睦実を見つめて、大治郎はボソリと呟いた。
「えっ? 変わりましたか?」
今まで自分たちがしていた会話は春の新作の服の話だったので、唐突に話題を転換された睦実は一瞬うろたえる。
「うん。まさか、こんな自然に睦実とファッションの話が出来るとは思ってなかったな」
あの時はどうなることかと思ったけど、と付け足した大治郎の一言に睦実はむくれた。大治郎の言う『あの時』とは、睦実が手術を受けた後、女としての仕草等を教わっていた時のことだろう。
手術を受けてから暫くの間は、自分が女であることが不自然で慣れなくて、言葉遣いは元より行動も、大治郎から見たら『赤点』だったらしい。
「睦実、最近めっきり雰囲気が女っぽくなったっつーか色気が出てきたっつーか…ひょっとして、もう致してしまいました?」
先ほどまでの会話も小さな声であったが、更に音量を落として問われた内容を睦実は、すぐには理解できなかった。が、意味を解した彼女は顔を真っ赤にして否定する。
「まっ、まだですよ!!」
大音量で叫んだ睦実に全員が注目し、彼女は大治郎に助けを求めた。
「ムキにならないでよぉ、ナース服はロマンなのよ? 一度は着てみなきゃダメよぉ☆」
懐かしのオネェ口調で話す大治郎に、その場にいた全員は何事もなかったかのように先ほど迄の会話を続ける。が、彼らの脳内では、ナース服を着た睦実がいたのだった。
「…なんか、悪感がする…」
咄嗟のフォローをしてくれたことに感謝する気持ちと自分が叫ぶ要因を作ったことに対する怒りが混ざり合った複雑な心境のまま、睦実はボソリと呟く。
「…変なこと言って、ごめんな睦実」
謝りながら頭を撫でる大治郎に、睦実は首を横に振った。
「…いえ」
その様子を見て、大治郎は話を続ける。
「それはそうと、睦実は、本当に変わったな」
「…そう、ですか?」
「うん、すごく変わった…良い意味でな。自然体になったし…人を思い遣れるようになった」
安堵のため息を吐く大治郎を見、睦実は首を傾げた。
「だってさぁ、昔の睦実は常に何事にも神経を張り巡らせてて。年齢のせいもあるかも知れないけど、ナメられないように緊張してたな。命擦り減らしながら、さ」
確かに、そうかも知れない。若輩というだけの理由で、言われなき誹謗中傷を受けるのは日常だったから。
一分の隙も見せてはいけない。老獪たちと対等に──いや、彼らよりも優位に立たなければいけない。
そういう強迫観念が、かつての自分には、あった。
「変わったのは、庵さんのおかげかな?」
微笑む大治郎に睦実は笑いかけ、首を横に振る。
「庵だけじゃありません。みんなが…居たから。だから、変わることが出来たんです」
そう告げた睦実の瞳も表情も、ひどく優しくて。大治郎は嬉しさに、より笑みを深めたのだった。