「オレ、右近(うこん)。にーちゃんは?」

玄関から大治郎の靴をコッソリ取り戻し、庭の隅の榊の陰に身を潜めたところで、少年は人懐っこい笑顔と共に大治郎に名乗った。

「大橋大治郎だよ」

「おーはしだいじろー…」

少年はどんぐり眼をキョロリと回し、

「じゃ、『じろー』って呼ぶっ」

瞬時に笑顔に戻る。
大治郎もつられて微笑んだ。

「なら俺は『うっちゃん』て呼ぼうかな」

「『ちゃん』なんてヤダよ」

「可愛いじゃん」

「カワイーよりカッコイーがいい」

少年の主張に大治郎は頬を掻き、

「なら『うー』だな。うーって呼ぶ」

「そんならいいや」

満足げに頷き、立ち上がると大治郎の手を引いた。

「こっち行こーぜ、じろー!」

右近に笑みを返し、手を引かれるままに大治郎は走り出した。しかし、彼の心は鈍く軋んでいた。

自分の名を聞いてもうろたえることなく本心からの笑顔を向けてくれた存在を、鮮明に思い出して。

少年にすら面影を重ねてしまう自分が情けなくて。



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