「うーの家、近いのか?」

「ん。この山ン中」

「いつも、進兄ちゃんとか、信乃とかとこうやって遊んでんの?」

「んー、まぁな。学校終わって一旦家戻ると他の友達と遊ぶのに山下りるのもめんどいし修練もあるし」

「修練?」

「ユイショ正しき御空加々見流古武術の道場だよ、ウチは」

そういえば、と大治郎は思い出す。
自分がここにいるのは隠密の流れを汲む一族の本家に挨拶に来たからで、その本家の跡取りである信乃の従兄弟であるこの少年も、裏の格闘術を継承する未来の『天狗』であることを。

「じろーなんか5秒で倒せるね、オレ」

「……ふーん」

そう思い出しても目の前のこの子どもはクソ生意気なガキというか野猿にしか思えず、5秒で倒せると称された大治郎は

「なら倒してみろよ!」

大人気なく右近に襲い掛かり、再びくすぐり攻撃を加えようとした。
が、今度は予測していたのか右近は薬がべったりついた手を避けて後ろに回りこみ、大治郎を川へ突き飛ばす。

「おわっ?!」

「薬おとしてから来いよバーカ!」

右近の挑発するような暴言はバッシャン、という大きな水飛沫にかき消される、はずだったが。

「てめぇ……」

怒気をはらんだ声で呟く大治郎は全く濡れていない。
川に落とされた時に瞬時に身をひねり水面へ落ちるのを避けたのだ。

彼は右近を睨んだまま川へ入って薬を洗い流し、そして戦いの構えを取った。

「かかって来いよクソガキ」

右近もすでに構え、一瞬たりとも大治郎から目を離していない。

「上等」

クソガキは、ニッと不敵な笑みを浮かべる。

大人は持たない本能的な闘争心と、子どもらしからぬ理知的な緊張感の入り混じった、不思議な笑顔だった。



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