◇◇◇


広々とした寝室に置かれた家具は装飾は控えめであるものの、重厚な造りと上質の素材で出来ていることから大変高価なものと見るものが見れば、すぐにわかる。

キングサイズの天蓋付きベッドを置いて尚も余裕のある室内の中央。

ふかふかの絨毯の上に少年が二人、胡坐をかいたり寝転んだりしていた。

「光、誕生日おめでとう」

言って大治郎が差し出したグラスを、光はそれを受け取り、嬉しそうに笑った。

程なくして、イギリス製の置時計が零時を知らせる鐘を鳴らした。

「大治郎、誕生日おめでとう」

今度は光が大治郎へグラスを差し出し、大治郎は笑顔でそれを受け取ると光の持つグラスへ自分のグラスを軽く当てた。

カチン、というささやかな乾杯の合図をして、二人は同時にグラスを傾け、

「?!……ブハッ!!」

光だけが、グラスの中の赤ワインにむせた。

「大治郎、コレ、お酒じゃん!」

「シャトー・ラフィット・ロートシルトの35年モノだけど?」

「言ってる意味が全然わかんない」

「超超超〜一流高級品ワインってコトだよ」

ミネラルウォーターのペットボトルに直に口を付けて口内をリセットする光を尻目に、大治郎は平然とワインを飲み進める。

「誕生日くらい贅沢にって思ったけど、光は飲ませがいがないな〜」

「ていうか僕ら何歳だっけ?」

「光が昨日17歳になって、ついさっき俺が18歳になった」

光の咎めるような表情をものともせず、大治郎は飄々と質問に答える。

無礼講の前では説教など暖簾に腕押し糠に釘、馬の耳に念仏…といった調子の大治郎だが、飲めない酒を無理に飲ませるのはマナーにもとるので新しいグラスにオレンジジュースを注いで光に渡してやった。

光は渡された飲み物がまた酒ではないかと警戒しつつも一口含み、正真正銘100%オレンジジュースだとわかると顔をほころばせた。

「このジュース、美味しい」

「そのオレンジジュースにワイン混ぜると『キール』というカクテルになりますが」

「断固遠慮いたします」

大治郎の申し出を光が一刀両断し、一瞬の間の後、二人は顔を合わせて吹き出した。

ローテーブルの上にはワインのボトルとジュースとミネラルウォーター、光の買ってきたポテトチップスやチョコレート菓子、そして二人で一緒に買った赤いイチゴののったデコレーションケーキ。

幸せだ、と大治郎は思った。

光が自分に笑いかけ、自分は光に笑い返す。この時間が、できるだけ長く続いてほしいと、願った。

ケーキに立てたロウソクに火を灯し、室内の他の明かりを全て消した。

ほのかな光に二人で顔を寄せ合い、小さな炎を吹き消した。

途端、辺りが真っ暗になった。

大治郎が電灯を点けなおす前に、明かりが突然戻り、自分の寝室の風景が戻った。



しかし、そこに光はいなかった。



大治郎は驚き、親友の姿を探し辺りを見回した。

いつの間にか、室内は水で満たされていた。まるで水槽の中にいるようだったが、不思議と息は苦しくなかった。

揺らめく水の向こうの窓からまばゆい光が差し込んできた。白い朝だった。

白い朝には色彩がなかった。黒やグレイの影しかなかった。

水の中だというのに、スキューバダイビングで見た海の底ように青くもない。



光がいないまま、白いまま、昼になった。



黒い服の執事が大治郎に白い紙の束をどっさりと渡した。それは将来のための学習の教材だった。

大治郎は水槽のような室内で淡々と勉学に励んだ。

水温が体の熱を奪ってゆくため寒さを覚えた。



光はいまだに見つからなかった。



夜になると、周囲の白がグレイになりグレイは黒になった。

次第に暗くなってゆくのが恐ろしくて、大治郎は課題に打ち込んだ。
次々と与えられる指示に従い続けることで、恐怖を感じる暇もなくなった。

体の冷えはある一点を越えた時から、感じなくなっていた。



光のことを考えることすら、なくなった……





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