右近は大治郎が振り向くやいなや獣のような動きで岩と岩の間を走り、彼に駆け寄った。

昼間とは異なるカーゴパンツとTシャツ、その上に羽織ったパーカーのポケットから大きなおにぎりを取り出し、大治郎に差し出す。

「喰えよ。腹へっただろ?」

ラップにくるまれた筍の炊き込みご飯のおにぎりは大治郎の手の中でほんのりとぬくもりを伝える。

「家に帰ったんじゃなかったのか?」

「ウチ帰って、着替えて、左近のおかゆ炊いてかーちゃんとオレの分の夕飯つくって、炊き込みご飯だからじろ兄も食べるかなー思っておにぎりにして持って来た」

「うーがコレ炊いたのか?!」

「うん。いつもオレがメシ作ってんだ。かーちゃん料理下手だから」

さらりと言ってのける10歳の少年に、大治郎は感嘆の息しか出てこなかった。

「でさ、じろ兄どこ行くの?」

「なんで聞くんだ?」

「オレもついてくから」

予想通りの答えに大治郎は溜息をつき、歩き始める。
右近はすぐさまその後を追った。

「道、わかんの? 下手に歩くと迷子になるよ」

「俺についてくると、ゴタゴタに巻き込まれるかもしんねーよ」

大治郎は半ば自棄で事実を明かす。
追い払うには適当な嘘よりも過酷な真実の方が効果的だと思われたから。

しかし。

「いいよ。このまんまじろ兄一人で行かせるほーが心配だもん」

右近は意志を曲げず、大治郎の後について歩く。

大治郎はもう一度溜息をついた。

「……じゃ、山の麓まで案内お願いしよーかね」

「了解っ」

右近は大治郎の前に回りこみ、元気良く駆け出す。

時に木の枝に飛び移り、時に岩場を跳ねるように進むその姿に、大治郎は不本意ながらも口元がほころぶのを止められないでいた。


 ◇◇◇


大橋家長男執事である野崎は少なからず焦っていた。

天狗の当主との用件が済み、待たせていた大治郎を伴い早々に帰宅しようと考えていた、が。
屋敷のどこを探しても彼の主人の姿が見つからない。

大治郎の発信機に周波数を合わせたレーダーを懐から取り出し座標を特定しようと試みたが、発信機からの電波が受信されない。

急いで無線を大橋家に待機する護衛部隊へつなげる。

「どうなさいましたか、野崎執事長」

「大治郎様が消えた。発信機の電波もつかまらない。本部のホストコンピューターで捜してくれないか」

「了解」

一端通信が途絶えた、その間にも野崎は広い廊下を進み、襖を手当たりしだい開けて大治郎を捜す。

胸騒ぎが収まらない。

主が生まれてから18年間。養育係として護衛として、野崎は大治郎の傍を離れることなく守り育ててきた。

大治郎が一般の公立高校に通っていた間は本人の希望もあって発信機で監視するのみであったが、主の帰宅後は変わらず傍で仕えていた。

主の居場所がわからなくなることなど、野崎には初めての経験であった。



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