「どうされました?」
見境なく屋敷内を探索する野崎を不審に思い、声をかけたのは天狗の当主。
その威厳ある佇まいに、野崎は藁をもすがる思いで守るべき主人がいなくなったことを打ち明ける。
「それはそれは……」
当主がねぎらいの言葉をかけようとしたところへ、無線が再びつながった。
「お待たせいたしました。こちらからも電波をキャッチできません。発信が途切れたのは本日16時37分」
「その時点での座標は?」
「ポイントT47706-12009。誤差はプラスマイナス60。執事長の現在位置より南西へ2.14キロの地点です」
「……全隊員に警戒態勢のまま待機と伝えてくれ」
「了解」
通信機をスーツの内ポケットに戻す指が不安に震えるのを、野崎は止められない。
不慮の事故にでも遭ったのだろうか、それとも先の調査報告で存在が明らかになった誘拐グループにさらわれたのだろうか。
「南西へ2.14キロというと、山の中ですね。……信乃」
「ここに」
当主の呼びかけに応じ、野崎との会談の間当主の傍らにいた子どもが二人の前に音もなく現れる。
「客人が1人、帯刀の山中で姿を消した。探しにいきなさい」
「承知しました」
頭を下げるやいなや、信乃は跳躍して天井裏に吸い込まれるようにして消えた。
当主は我が子の気配が敷地内から消えたのを確認し、信乃の人間離れした動きに唖然としている野崎に向き直る。
「大治郎様は当家の客人。我々も協力いたします」
「え、ええ……ありがとうございます」
「我ら天狗におきましては人探しは容易いもの。ご安心ください」
言ったものの、この山の天狗の主力たちは任務に出ており、他の山から派遣するのでは時間がかかりすぎる。
人員は不足しており借りたくない手も借りることになるだろう。が、経済界の頂点である大橋家に協力しておいて損はない。
いや、これを機に我々一族との絆は更に深くなるだろう……
夕闇の中、暗いシルエットを浮かび上がらせる大きな山を落ち着きない様子で見守る野崎をチラと見、当主は冷静に思考をめぐらせた。
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