◇◇◇


高尾駅始発の車内は人もまばらだが、それでも僅かに乗車している数人は必死の形相で駆け込み乗車をしてきた青年と少年に訝しげな視線を投げかけてくる。

それに耐えられるほどの精神力はとうに使い果たしていたので、大治郎と右近は無人の車両を探し、最後尾から2つ目の車両でようやく腰を落ち着かせた。

「あ〜〜〜〜、ドッキドキしたー」

シートに座るなり、右近は大きな溜息と共に素直な感想を吐き出す。

その無邪気な様子はやはり歳相応の少年にしか見えないが、大治郎は先程の右近が見せた手鍛れた様子を忘れてはいない。

幼い頃から身柄や時には命さえ狙われてきただけあって、自分に悪意を持って近づこうとする者の気配には敏感だと、大治郎は自覚していた。
しかしその大治郎が察知する遥か前に、この少年は自分たちを狙う者の数や装備の有無までも細かく感じ取った。

この少年もまた『天狗』の一員となるために修練を重ねているという事実を大治郎は再び思い出す。

「あいつら……なんだったんだ?」

「さあ?」

右近の軽い返答に大治郎は拍子抜けする。

「さあって……お前、天狗だろ?」

「天狗じゃないよ、まだ修行中。それに天狗だとしてもわからんモンはわからんし、知らんモンは知らん。
ま、あいつらが狙ってるのはじろ兄だってコトは、わかるけどねー」

「そーか」

幼い頃から身柄や時には命さえ狙われてきた。けれどもそれを笑い飛ばせるほど大治郎は強くない。

友人を巻き込んでしまったのだから、なおさら堪えた。

「ごめんな、うー。巻き込んじまって」

「え、なんで?」

聞き返す右近はいたって真面目な顔をしていて、大治郎は拍子抜けしてしまった。
鼻の奥のツンとした痛みがあっけなく消えていく。

「だってオレからついてったんだよ。そんでこの後も一緒に行きたいって思ってるけど?」

「……ばァか」

大治郎は先までとは全く異なる心持で肩を落とし、平然としている幼い顔を覗き込んだ。

「お前をこれ以上危ない目に遭わせらんないって。次の駅で降りて帰るんだぞ」

「なんだ、じろ兄こそバカじゃん」

優しい言葉と表情で諭したというのに馬鹿扱いされ、大治郎は苛立ちを覚えた。

「俺はお前を思って……」

「思ってんならヨケーにバカじゃん。あいつら後から来る電車に乗ってっかもよ?
途中下車したら捕まるのは目にみえてんじゃん。オレばっちり顔見られてるもん。
捕まって、じろ兄をおびき出すエサになんてなりたくねーよ」

大治郎は言葉を失った。
自分よりもはるかに幼い右近のほうが現状を把握し深く考えていたこともショックだったが、自分が離れれば他人を救えるという歪んだ思考が無意識のうちに染み付いてしまっていたことが最も堪えた。

自分は未来の経済界を担う立場にいるから。

自分は身柄や命を狙われることがままあるから。

自分は……自由に生きられないから。

そうやって自分を犠牲にするフリをして、何人の親しい人たちを遠ざけてきたのだろう。

そして今も一人、遠ざけようとしていた。

自分から、初めて友に近づこうとしている時だというのに!

大治郎は俯き、両手で顔を覆った。涙が零れ落ちないように。
そうしている間、右近は何も訊かずに大治郎の隣に座っていてくれた。

「わかったよ」

しばらくの後に顔を上げ、大治郎は右近に微笑んだ。
貼り付けたようなつくり笑顔ではなく、決意をした者だけがみせる凛とした表情で。

「ずっと、一緒にいこう」

右近はパアと顔を輝かせ、強く頷いた。



前へ[*]    [#]次へ

作品Top    Text Top