◇◇◇
「くそっ、あの勘のいいガキのせいだ……あのガキさえいなかったらもっと近づけてたのによ」
高尾駅の駅員室から4人の男がうなだれつつ出てきた。
駅構内で暴れたことと、切符を買わずに強引に改札を抜けた件で駅員にこってりと絞られたのだ。
そして解放された彼らは、次の列車に乗って標的の御曹司を追うか、本部に一端引き返すか、小声で相談しつつホームの薄暗い一角へ移動した。その時だった。
ホームを覆う屋根の鉄筋製の梁に等間隔で設置されたライトとライトの間の、明かりが届かない隙間のような暗闇の中から人間の腕がニュウと伸び、瞬く間に4人は昏倒した。
4人の体がコンクリートの床にぶつかる寸でのところで腕は再び長く伸び、闇の中に4人を引きずりこんでしまった。
「にきび面に、鼻ピアスに、ホクロ3つに、小太り……」
闇の中の人物は、駅の敷地と公道を分ける金網のそばの下生えの中で、己の手で気絶させた4人の容姿を確認してゆく。
「うん、誘拐グループの奴らだ。あと残ってるのは……リーダー1人と下っ端2人だな」
内ポケットから写真付きの人物リストを取り出し、その中の4人の顔写真の上に赤いマーカーでバツ印をつける。
そのリストの殆どの写真の上には同じように赤いバツがひかれていた。
瞬時のうちに男たちの首筋に手刀を当て気絶させたその人物は、ダークグレーのスーツによれよれのクリーム色のワイシャツと革靴という、一見どこにでもいるサラリーマン風の姿をしている。
しかしそろそろ壮年期にさしかかろうとしているとは思えないほどに顔も服の下の肉体もキュッと引き締まり、切れ長の目には強い生気がみなぎっている。
「明日の朝まで、ココで寝ててちょうだいね〜っと」
あごの無精ひげを撫ぜつつ口元を緩めると、彼の鋭利な印象が一気に和らぐ。
男たちを人目のつかない植え込みの中に隠そうとした時、にきび面の男の尻ポケットから途切れ途切れに人の声が聞こえてきた。
『……こちらセントラル。ウェスト……応答せよ』
彼は迷うことなく尻ポケットの中から無線機を取り出し、電波の向こうの呼びかけに応える。
「こちらウェスト。電波状態不良なり」
『首尾はどうだ?』
彼は、今度は答えない。
『ターゲットの捕獲は成功したのか?』
これにも、答えない。
『おい、どうした?失敗したのか?!応答せよ!』
苛立ちを覚え始めている声に、彼はなるべくくぐもった声音でポツリと返す。
「すみません」
『……わかった』
少しの間の後、先とは打って変わった冷静な声が返ってきた。
『俺たちは新宿へ向かう。お前らは車で線路沿いを行け。各駅でターゲットが下車したか調べるんだ。いいな?』
「了解」
彼が返事をするやいなや通信は向こうから切れた。
無線機を自分のポケットにしまいつつ、彼は表情を引き締める。
今の通信の相手はおそらくこの誘拐組織のリーダーだろう。
部下の失敗に苛つきつつも瞬時に冷静に戻り指示をしてくるあたりに一筋縄ではいかない狡猾さを感じる。
「厄介そうだけど……ま、俺ら『天狗』の敵じゃねーな」
彼は呑気な口調で独り呟きつつ、誘拐未遂実行犯の4人を粘着テープでぐるぐるに巻き植え込みの中に隠した。
そして胸ポケットから今度は自分の無線機を取り出し通信をはじめる。
「こちら『黄竜(こうりゅう)』。高尾駅で大治郎さまを狙った奴らは捕縛完了。計4名。組織はリーダー含めて残り3名。
大治郎様が乗った電車追って新宿へ向かっているらしい。
俺も新宿へ行くから、捕縛した奴らの処理は頼んでいいか?」
了承の返事を得たので黄竜は通信を切ろうとしたが、ふと思い出すようにつけたした。
「そういや捕まえた奴らがさ、『勘のいいガキ』にジャマされたのなんだの言ってたんだよ。右近がいなくなったって、さっき言ってたよな?
こりゃ推測だが…アイツ大治郎さまと一緒にいるんじゃねぇのかな」
まさかな、とあごの無精ひげをさすりつつ、黄竜こと右近の父親である帯刀 通孝(たてわき みちたか)は嫌な予感を覚えつつ苦笑交じりに無線機を片付けた。
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