◇◇◇


「野崎様、賊は我ら天狗が順調に捕縛しております。じきに全員……」

天狗の当主が黄竜からの2度目の無線を切り振り返ると、野崎の姿は消えていた。

「『新宿』って聞いた途端に部屋からすっ飛んでいったわよ」

左近の眠る布団の傍らに座る千鶴が冷静に教えてやる。

ふむ、と当主は髭のないあごをさすり、

「『ガルーダ』…」

「あなたの指示には従わないしその名で呼ばないで」

依頼を言い終わる前にピシャリと叩き伏せられるも、当主は再度口を開く。

「そうだな。そなたは帯刀千鶴。私の弟の妻であり三児の母親だ」

突然見せた当主のしおらしい素振りを千鶴は訝しみつつ、黙って先を促す。

「そなたの大切な息子の1人は、やはり大治郎様と共に行動しているそうだ。
彼らは新宿行きの電車に乗り、誘拐組織の残党もまた新宿へ向かっている。
黄竜も後を追っているが、野崎執事長も勝手に動き出し事態は更に混乱している。
一番の腕利きといえど黄竜1人で収められるかわからぬな」

当主の言葉を聴き終えても、千鶴はしばらくの間黙っていた。
唇を噛み締め、恐ろしく強い視線で当主を睨みつけながら。

「……あなたのそういうところが嫌いよ」

ようやく、といっていいほどの後に吐き捨られた千鶴の言葉に、当主は眉一つ動かさない。

「嫌いで結構」

「行くわ。行くしかないようね」

「そうしてくれると有難い」

さっと立ち上がった千鶴は部屋を出る前に、薄い笑みを浮かべる当主を振り返り再び強く睨みつける。

「勘違いしないで。私は野崎さんを止めに行くだけ。あなたのために動く気はないわ」

「ああ、それで構わない……が、『こんな夜更けに子どもである』信乃を出歩かせたくなければ、黄竜が捕縛した4人が高尾駅のホーム下に隠されているので、それらをこちらへ搬送してから再度新宿へ向かってくれないか」

皮肉交じりの命令に、千鶴の表情は更に険しくなる。

「……わかったわ。信乃に左近の看病を頼んでおいて。あなたはここで待機して大橋家との連絡を取ってちょうだい」

「そのつもりだ」

並の人間ならば震え上がり動けなくなってしまうほどの眼力をうけながらも、当主は平然とした表情で頷く。

千鶴はまだ言い足りなさそうにしていたが、悪口雑言をぐっと飲み込み、「装備と車、借りるわよ」とだけ言い捨て部屋から出て行った。

千鶴の足音が遠ざかっていくのを聞きつつ、当主はフッと息を吐き出した。途端、冷や汗が額や背中から一気に湧き出、流れ落ちる。

「歴戦の女傑はいまだ操れず、か……」

顔の汗を拭い、あごをさする当主には苦笑が浮かんでいた。
灯りもつけずにいた薄暗い室内にいる自分以外の唯一の人間に、ふと目を向ける。

「『金翅のガルーダ』の息子たち……将来が楽しみだ」

布団の中の左近は深く眠っていたため、当主の呟きを聞くものはいなかった。


 ◇◇◇


時刻は宵の口にさしかかろうかという頃。

いつの間にか大治郎も眠っていたようで、2人は新宿駅に列車が到着する寸前でようやく目覚め、あわてて下車した。

「あー、あぶなかったー!」

「直前で目が覚めてホント良かったな」

「ま、これもオレの日ごろのオコナイが良いからだな」

軽口を叩く右近の頭をぺしりとはたいてから、大治郎は周囲を見渡した。

「しかし……広すぎるな」

東京有数のターミナルである新宿駅はあまりにも広く、駅周辺には繁華街が広がっているために集まる人間は数え切れないほど。

背の低い右近が人ごみに揉まれてはぐれてしまわないよう、2人はしっかりと手をつないで何とか歩き出す。



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