河合の後ろに従い歩いていくと、いつしか3人は地下街の広場に出た。
閉店時間が近いのか、周囲の店はどこも店先を片付けたりシャッターを下ろし始めている。
買い物客がいなくなった地下街は通行人もまばらで閑散としていた。
「喫茶店にでも入れたら良かったのですが、どこも店じまいですね……」
「いや、人ごみがないだけでも十分だよ」
広場の隅のベンチに右近を寝かせ、ジャケットを脱いでかけてやる。
その一連の大治郎の動きを河合はじっと見つめ、そして感慨深く呟いた。
「立派になられましたね。大治郎様…」
「様、はやめてくれよ。もう俺の執事じゃないんだから」
言って大治郎が笑いかけると、河合も微かに笑みを浮かべる。
「では、大治郎さん、……このような場所で、どうされたのですか? 護衛の者も見当たりませんが」
護衛もつけず、家出同然で、しかも正体不明の者達に追われている今の状況を明かすかどうか大治郎は迷った。
言えば河合を巻き込んでしまうかもしれない。
ぐったりとする右近の手を握り黙り込んだ大治郎の肩を、河合はポン、と優しく叩く。
「私はもう執事ではありませんが、大治郎さんの味方です」
優しく触れられた手と、昔と少しも変わらない彼の笑顔に、大治郎の張りつめていた緊張の糸が、はらりとほどける。
「……ありがとう」
大治郎は、今までのことを全て語った。
家の庇護を全て断ち切って親友に会いに行こうとしていること、まだ幼い右近を巻き込んでしまったこと、何者かが自分を狙っていること…
河合は大治郎の話を聞き終えると溜息を一つ吐き出した。
「無茶をされましたね」
「時には無茶をしなければ見えないものもある。そう教えてくれたのは河合だろう?」
言って笑う大治郎の表情には、もはや不安の色は見えない。
河合はもう一度溜息をつくと微かに笑みを浮かべた。
「私も一緒にまいります。護衛が1人もいないのでは危険すぎますからね」
そしてくるりと広場を見渡し、
「周囲に不審者がいないか見てまいります。右近君をもうしばらく休ませてあげましょう」
言い置くと、がらんとした広場の向こうの地下鉄へつながるらしき通路へ向かっていく。
大治郎はその背中に届くように声を上げた。
「河合。……ありがとう」
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