◇◇◇


東京都板橋区。
昔ながらの下町と新興住宅が混ざり合うこの町の一角、とある団地の裏手の雑木林で、激しい戦闘が繰り広げられていた。

街頭の灯りが届かない暗闇の中に銀色の軌跡が閃き、続いてくぐもった悲鳴が起こる。

プロテクター越しに鳩尾に鋭い突きを入れられ崩れ落ちたのは大橋家付きのSPのひとり。
そして彼の前に立ち、鈍く光る日本刀を携えているのは、柳 智幸だった。

「峰打ちですから。痛くても我慢してくださいね」

柳は声をかけた相手が気絶しているのを確認すると、クセの強い髪をワシャリと掻き、大人びたその顔に苦笑をのせる。
その表情は、昼間に学習塾の休憩スペースで広河光と談笑していた時のそれとは全く異なる研ぎ澄まされた刃のような笑みだった。

そして柳 智幸という名も、本来の彼とは異なる。

彼は本名を帯刀 一之進(たてわき いちのしん)、通り名を『群雲(むらくも)』という、隠密衆『天狗』の一員。
塾の生徒として広河 光に接触し、彼の素行調査を行っていた。

その任務も本日で終了するというのに、最後の最後になって不審な者達が広河 光を拉致しようとやって来たのだ。

背後に気配を感じ、群雲は横に飛び退く。その一瞬後にパンパン、とはじけるような音とともに彼が立っていた位置に小さな穴が2つあいた。

「夜も更けているというのに大きな音を出して……常識外れだなぁ」

発砲した者は夜の木立にまぎれて姿を現さない。しかし群雲はその居場所を既に察知し、真っ直ぐに見据えている。

しばらくの静寂の後に、暗い藪の中から男が1人立ち上がった。

「お前は何者なんだ……なぜ、たかだか一般の少年を庇うんだ…?」

銃を構えたまま問う声は震えていた。
群雲はそれに答える前に左腕のみを動かし自分の斜め後ろにナイフを投げる。

小さな刃物は闇の向こうに消え、やがて不意の攻撃に驚く悲鳴が遠くの木立の陰から上がった。

ナイフには即効性の神経毒が塗られている。
仲間が会話に持ち込んだ隙に死角から狙撃しようとライフルを構えていたもう1人の男は気絶したことだろう。

群雲は刀の切っ先を残された囮役に向ける。

「調査期間中に調査対象を盗まれては我々の面子が立たないのですよ」

先の質問への回答と、刃が一閃するのは同時だった。

引き金を引く間もないまま男は倒れる。それを見下ろし、群雲は付け加えるように小さな声で呟いた。

「それに、光先生はあなたたちにくれてやるには勿体無い。……個人的にはね」

群雲の顔は、未だ張り詰めた微笑をたたえている。


 ◇◇◇


「じろ兄、起きてよ。じろ兄!」

右近の声に導かれ大治郎は目を開けた。

視界に広がったのは見覚えの無い部屋と両手足をロープで縛られている右近と河合。そして自分も同様に拘束されていることに大治郎はすぐに気付いた。

部屋はマンションか何かの1室のようだが家具が入っておらずひどく殺風景だった。

その何も無いフローリングの床に3人は身動きの取れないまま転がされている。他には誰もいなかった。



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