◇◇◇


4月1日に日付が変わり、しばらく経った頃。

侵入者を駆逐した後も変わらずに雑木林の中から団地を監視していた群雲は、光の家のある棟に人が再び近づくのを察知した。

すぐさま双眼鏡で詳しく調べ、懐から取り出した資料を見、そして彼はふっと微笑んだ。

「良かったですねぇ、光先生」


 ◇◇◇


コン、コン、という何かがぶつかる音が断続的に聴こえ、広河光は夢の世界から引き戻された。

寝ぼけ眼をこすりつつ、目を覚ました後も同じ音が聞こえ続けていることを不思議に思うも、その音が自室の窓ガラスに小石が当たっている音だとすぐに気付いた。

不良のイタズラか何かかと思ったが、放っておいては気になって眠れないので、慎重に窓を開ける。

「よお、光!」

窓の下には、大治郎がいた。

「出て来られるか?」

突然の親友の来訪に光が驚き何もいえない間に、大治郎は問いかける。
光は我に返り慌てて頷くと、寝巻きから普段着に着替えて急いで自宅を出た。

「どっ、どうしたの? いき、なり、こんな時間、に」

大治郎の前に駆けつけるなり、光は息を整える間も惜しんで問いかけた。
親友の呼吸が元に戻るのを待ってから、大治郎は噛み締めるように言った。

「光、誕生日おめでとう」

光はポカンと口を開けて呆けてしまった。
しかし、次第に何を言われたのかをゆっくりと飲み込み、見る見るうちに満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう、大治郎」

その素直な反応に、大治郎も照れたように微笑む。
が、光の笑みは長くは続かない。

「なんだかやつれて見えるけど……大丈夫?その服の汚れ、もしかして、血??」

「ああ。ボディーガードの監視抜け出してきたからさ、ちょっと無茶した」

細かいことによく気が付く親友を心配させないよう、大治郎はわざと明るい声で答える。

はぐらかすことも出来たが、うやむやに隠してしまうと余計心配してしまうのが親友の習性だと知っていたので、深い部分は避けて誘拐されかけた旨を大まかに説明した。

それでも光は自分が痛い目に遭っているかのような面持ちでじっと聴き、話が終わると泣き出しそうな顔で大治郎に笑いかけた。

「本当に、無茶したね。……ありがとう」

「……恩に、きろよ」

わざと突っかかる物言いをした大治郎に光は笑顔で頷く。

「あと、これ」

言って大治郎が光に握らせたのは1枚のメモ用紙。
そこには数字の列が簡潔に記されていた。

「俺への、直通の連絡先」

喜びに輝く笑顔で、光はもう一度頷いた。

「さっそく明日、かけるよ。だって大治郎の誕生日だから」

光はわかっていた。

高校を卒業したら自分の人生と大治郎の人生とが触れ合うことは無くなる事が。
また会えるなんて思ってもみなかったし諦めていた。
大治郎にまだ繋がっていられることが嬉しくて、光はその証である番号メモをそっと握りしめた。

大治郎は嬉しかった。

真夜中という非常識な時間に訪れた自分を光が笑顔で迎えてくれたことが。
しばらくの間離れていた親友が、自分を忘れずにいてくれて、再会を喜んでくれたことが。

2人はそれぞれに幸せをかみしめ、そっと笑いあった。


「実は、お前の誕生日を祝いたい奴がもう一人、いたんだ。まだ子どもだけど、俺を助けてくれて……すごく強いんだ。いつか、光に会わせたいな」

嬉しそうに呟き、夜空を見上げる大治郎の横で、光も親友の視線を追って遠くの空を眺める。

「僕も、いつかその子に会いたいな」



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