火疾り

カレット・スーは、若干20歳にして、 民族の名を名乗ることが許された、カレット族の族長であった。
しかし彼女には誰にもいえない秘密があった。
夜明け前、彼女は体の火照りに目を覚ました。全身の傷跡がうずいている。
戸外に出て、広場に行き、消えてしまった篝火のそばへ行くと、 その燃えかすを凝視する。
すると、篝火が再び燃えだした。
「・・・・・・。」
体の熱が冷めるのを感じ、カレット・スーはため息のような吐息を漏らした。
毎晩のように、彼女はこのようにして火をともす。そうしないと、体内の高熱に 体をやられてしまうからだ。
自分のこの特異な体質に気づいたのはいつだっただろうか。
火を自由に出す能力。
便利、と言えるのかはわからないが、だが、それではまるで・・・
森の魔女のようだ、と彼女自身は思っていた。
この村の近くの森には、魔女が住んでいる。族長になったときに、挨拶のために一度だけ 会ったことがある。
さわってもいないのにものを動かし、川の水を自在に操って見せた彼女に、カレット・スーは 表向きは畏敬の念を示したが、心の中では恐怖を感じていた。
だから彼女はこの能力をひた隠し、決して人前では使おうとしなかった。 毎晩感じる高熱は、その反動かもしれない。
再び眠る気にもなれず、このまま見張りをしていようと、 彼女は近くにあった丸太の上に腰掛けた。ぼうっと、燃えさかる炎を眺める。
長年隠れて火を出すうちに、ずいぶんと、出す位置や火力を調整できるようになってきた。 そして年々、炎が強くなっていることを、彼女は薄々感じていた。
「わたしはどこまで・・・」
なんとなく呟いて、何を言いたいのかわからなくなった。


日が昇り、皆が起き出してきて、村の一日が始まった。
その日は、いつもとは少し違った日となった。
昼頃、村の男たちと狩りから戻ってくると、広場の方がなにやら騒がしいのに気づいた。
行ってみると、この辺りの者ではないような、金属でできた服を着た、男が3人おり、 村の女子供が彼らを遠巻きにみている。
カレット・スーが彼らの前に進み出ると、3人のうちの1人が何事か言ってきたが、 彼女たちとは使っている言語が異なるらしく、何を言っているのかよくわからない。
どうやら泊まるところを探しているらしく、害意はないようなので、カレット・スーは、 ほかの者達よりは広い自分の家に、彼らを泊めてやることにした。


荒野の中を彼女は走っていた。
大きくえぐれてしまった大地の、その中心に、彼女の探し人はいた。 地面に膝をつき、何かにもたれかかってている。
「オイ!」
彼の肩をつかみ、揺すると、ぐらり、と頭が傾き、顔があらわになった。
「!!」
その、半分は人のものではない顔に、生気はなかった。
肉も金属も灼け、ぶすぶすと煙がでている。
ぬるり、と、手に血液でない液体が付着していた。
彼であった、それは、一抱え以上もある鉱物を抱き締めるようにして息絶えていた。
それは彼女が非常に恐れていた、天から降ってきた異物だった。
彼女は、彼の体をそれからはがそうとして、ふとした弾みに、それに触れてしまった。 その瞬間、

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああ

「!!!?」 頭の中に、すさまじい音量の悲鳴が飛び込み、彼女は驚いて身を退けた。 すると、悲鳴は聞こえなくなった。
彼女は恐ろしくなり、死体となってしまった友人を背負うと、一目散に走り出した。


「!!」
カレット・スーは跳ね起き、そして肩で息をついた。
(今のは、夢――いや、違う。あれは、実際の、あの日のこと・・・)
急に、体が熱くなり始めるのを感じた。
(そうだ。何で忘れていたんだろう。あの日からだ。 私がこの力を持つようになったのは―・・・)
そこまで考えたところで、外が妙に騒がしいのに気づいた。
光が室内に入ってきていた。珍しく朝まで寝ていたのか? そう思いながら外に出て、彼女は息をのんだ。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。
外はまだ夜で、明るいのは炎のせいで、炎は、村を焼いていた。
家に泊めた、あの3人の男と同じ格好をした人間が大勢、村人を襲っているのが見えた。
カレット・スーは愛用の槍を掴むと、駆け出した。
「やめろぉっ!!」


カレット・スーは手当たり次第に敵を刺した。
食料を狩るこの槍で人を殺せるとは思っても見なかったが、要領は大体同じだった。 そして、彼女は狩りの名手であった。
「皆、無事か?」
他の村人たちも戦って、村にいた敵の大方を倒したところで、 村人はカレット・スーの下に集まってきた
「はい。ケガをしたものは多数おりますが、誰一人として死んではおりません。」
彼女はその言葉に、体がスッと軽くなる感覚を覚えた。その時、
「大変だぁ―――!」
村の入り口に偵察に行っていた若者が息せき切って戻って来た。
「さっきの、2倍、いや、3倍の、敵が、すぐそこまで来ている!」
「なっ・・・?」
嘘だと、悪い夢だと思いたかった。
村人は、心配そうに彼女を見た。皆、傷つき、困憊していた。
カレット・スーは槍を握り締め、立ち上がった。
「族長!」
「皆は隠れていろ。」
「そんな、族長一人でどうなさるおつもりですか?!」
カレット・スーは返事をせずに、走り出した。
家々を焼いていた炎が、彼女を後を追うように動いたのを見て、 村の人々は己の目を疑った。


起きた時からずっと、体の熱が増してゆくのを感じていた。
走る自分の体から、煙が出ているような気がしてならない。
村から少し離れた、小高い丘の上に着くと、村へ向かう人間――敵の一団が全て見下ろせた。
彼女はそれを見つめながら叫んだ。
「点け!!」
途端、集団のあちこちで火の手が上がり、困惑と驚きの声が聞こえてくる。 その中の一部が彼女の存在に気付き、集団は進行方向を変え、彼女に向かって駆けて来た。
自分に殺到しようとする人の群れを前に、彼女の熱は更に上がっていった。 傷跡が、裂けるような感覚がした。
彼女は両手を前に、敵に向かって突き出した。すると、両の手のひらから火が噴き出し、 更に、村から彼女を追ってきた炎も一緒に、目の前の集団に襲いかかった。
そこらじゅうから悲鳴が上がるが、彼女は炎を緩めない。やがて、全身の傷跡からも炎が噴き出した。 その炎は彼女の体をも焼き始めたが、彼女は気にもかけず、炎を出し続けた。


そして、夜が明けた。

太陽に照らされた焼け野原には人の姿は見えず、ただ灰が積み重なるのみであった。




次はどの話をしようか?

黒腕の魔女    屍機巧

ともに    ハイド・アンド・シーク




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