屍機巧

荒野を、男は一人、歩いていた。
歩きながら、先ほど立ち寄った村でのことを思い出している。


文明の波はまだ遠い原住民の村で、彼は珍しい客人であり、又、非常に珍しい風貌をしていた。
布を何枚もひらひらと垂らした派手な色使いの服に、何人もの子ども達が群がり、そして、 そのうちの一人が、帽子から垂れ、彼の顔の右半分を隠していた布をめくってしまった。
その途端、子ども達は悲鳴を上げて彼から逃げ出した。
見てしまったのだ。
集積回路と、コードと、骨格と血管が剥き出しの彼の顔を。
彼は再び顔を布で隠し、やれやれ、と溜め息をつき、そして少女が一人、 まだ彼から離れていないのに気付いた。
「どうした。逃げ遅れか?」
彼は笑ったが、10歳にも満たないであろう彼女は笑わなかった。
「もう一度、見せてくれないか」
彼は驚いたが、素直に右の顔をあらわにした。
「不気味だろ?仮面をかぶるとか、いっそ顔全体を布で覆うとかした方がいいのかな?」
「いや、隠せば隠すほど、人は好奇心を持つ。むしろ隠さない方がいい。」
少女は機械と生身が混ざったそれを、じっと・・・観察しながら言った。
「それじゃあ皆怖がって、村に入れてくれないさ。もう、いいかい?」
「あぁ。すまなかったな。」
少女は丁寧に、彼の顔の上に布を垂らした。
「君の名前は?」
「スー。カレット族のスーだ。あんたは?」
「遺影郎だよ。」
今はもう使われない文字で表すその名は、彼が自分でつけたものだった。 本当の名前で呼ばれていたのは、あまりにも遠い昔のことで、覚えていない。
「イエロウ・・・けったいな名だな。顔も、な。お前は、何者なんだ?」
「前文明の生き残りさ。一度は死んだ身だが、体内に埋め込んだナノマシンが僕を生き返らせ、 生かし続けている。」
原始民であるスーにこの話が解る筈も無いが、遺影郎は包み隠さず話した。 自分を生き長らえさせた文明が滅んでから、この話をしたのは初めてだった。
「その派手な服も、人ならざる体から目を逸らさせるためのものか。」
スーは遺影郎の首筋を指差す。そこからは数本のケーブルが垂れ、ジャックホールも付いている。 遺影郎は再び驚いた顔になり、そして笑い出した。
「頭が良いな、スーは!君、僕のお嫁さんにならないかい?」
「莫迦なことを。結婚できるのは15からだ。あと5年以上もある。」
「それじゃあ待つよ。僕が生きてきた時間に比べれば、ほんのわずかな時間だからね。」
遺影郎は笑うのを止め、スーの目をじっと見た。
「・・・・・・」
スーはここで、初めて表情をくずした。
「お前は、ここに何をしに来たんだ?」
動揺を隠しきれない彼女に、遺影郎は笑い出しそうになり、空を仰いだ。
「この前の新月の晩に、大きな流れ星が降って来たろ?」
スーの紅潮した顔が一気に冷えていくのがわかった。
「流れ星だと?!そんな生やさしいものじゃない!あの夜、地響きと光で目が覚めた。 地面がえぐられ、木がなぎ倒されたその中心に、真っ赤に焼けたアレがあった! それ以来、アレの周りには草一本生えていない」
「そうか。そんな風になっているのか・・・」
考え込む遺影郎に、スーは嫌な予感を覚えた。
「お前、そこに行くつもりなのか?!やめておけ!村の人たちは誰も近づこうとしないんだ。 何が起こるかわからないぞ!!」
「何が起こるか、わからないなら尚更行かなきゃな。」
「死ぬかもしれないんだぞ!?」
そこには、先ほどまでの賢い少女はいなかった。
遺影郎は優しくスーの頭を撫でて彼女をなだめた。
「死なないさ。だって僕は、長い時間を生きてきたんだぜ?」
さっきは冗談で言ったあの言葉を、遺影郎は、ここに再び帰ってきたら今度は冗談抜きで この娘に言いたくなった。


遺影郎はようやく足を止めた。
「これか・・・」
スーの言ったとおり、不毛の大地となってしまったクレーターの最深部に、彼は辿り着いた。
大気は電磁波や放射線で満ちていた。それを放射し続けているのは、目の前の、ひと抱え以上もある 鉱物の塊であった。
予想通りだ、と、遺影郎は心の中で呟いた。
この物体が放っている放射線の中に、生物を進化させる効果を持つものがわずかにあることを 彼の体内の計測器が割り出していた。
『隕石説』、というものがある。
はるか昔に恐竜たちが絶滅し、代わって哺乳類が栄え始めた。その原因を解明する学説の一つだ。
この星に飛来した隕石の発する放射線に侵され、又、隕石の衝突が引き起こした異常気象により、 恐竜たちは死に絶え、一方哺乳類は偶然その放射線の影響で進化し、急変した天候にも耐え、 繁栄していった、というものだ。
この学説が本当のものだとするならば、恐竜を滅ぼした隕石は相当な大きさだったのだろう。 今回の隕石の影響力は、それに比べてかなり小規模だ。
(だが、目的を果たすにはコレで事足りる。)
彼は地面に膝をつき、その珍しい元素構造の塊に触れた。
途端、体に衝撃が走った。びくん、と身をのけぞらせる、が、手は離さない。
彼の目的は、進化することだった。
自分を生んだ文明が滅んで数千年。新たな文明が今、うぶごえをあげ、成長を始めている。
人々はいずれ、彼の存在に気付くだろう。
優れた前文明を解明するために、科学者が自分の体を解剖している場面を想像すると 寒気がした。
だから、彼はさらに強くなる必要があった。
誰にも捕まらないために。 誰も寄せ付けないために。
(誰も、か。)
遺影郎はスーの顔を思い出した。その瞬間、右手首の回路がスパークした。
(?!)
それがきっかけで、体内の電子機器が、次々と火花を散らしてゆく。
これはどういうことだ、と、生身の部分で考える。進化する放射線の影響か、 100%生身の彼の脳は、逆に冴えていた。
(そうか、電磁波か。)
放射線と共に放出され続けている強力な電磁波が、彼の体の5割以上を占めるナノマシンを 狂わせているのだ。
解析に行き着いた、その間にも、機械部分は壊れ続けているが、自己修復機能 にはかろうじて無事な箇所がまだあった。
今手を離せば、体の崩壊は何とか食い止められるか、
そう考えた時、ふと、別の思いが頭をよぎった。
(―――このままなら、死ねる・・・?)
ずっと昔に、彼は死ぬことを諦めていたが。
皆が死んでゆくのを見続けるよりも、 捕まり解体されるよりも。
それはとても魅力的なことに思え、彼は隕石を抱き締めた。

「ハハッ、ハハハハハ・・・」
知らずと、笑い声が漏れた。喜びに満ちた、とても安らかな気持ちだった。

―――・・・離れろ・・・

突然、どこからか声が聞こえた。

―――このままでは死んでしまうぞ。

聞こえた、というよりも、脳に直接響いてくるようだった。
「そうだよ。僕は死ぬんだ。」
遺影郎は静かに答えた。
「もう、一人で生きたくないんだ。一人で生きるのは・・・さみしいんだ」

――― さみしい・・・のか。

「ああ・・・」
体から、黒い煙が昇り始めた。
電子回路の熱が、生体部分をも焦がしてゆく。
脳の機能が停止する、その直前に、眼窩に映像が焼きついて消えた。
それは、自分の顔を見つめるスーの顔だった。




次はどの話をしようか?

火疾り    黒腕の魔女

ともに    ハイド・アンド・シーク




聞くのをやめる